砂漠の賢者 The Best BondS-3
「キャサリ……!!」

 驚愕に彩られた野太い声。
 それが、ノービルティアを纏めあげる二大巨頭として名を馳せた貴族の辞世の言葉だった。
 鈍い音が鼓膜を侵し、硝子を絨毯を血飛沫が汚した。
 二十年近く見続けてきた男の頭に穴が空く。
 頭蓋骨はすぐに砕け、脳ミソが引きずり出された。
 力を失った身体が痙攣しながら倒れ込む。
 紅の液体を浴びながら三つ頭の怪鳥は思い思いの場所に嘴を突き立てた。
 破られた腹からは赤黒い内臓がどろりと流れ出し、咀嚼する耳障りな音が獣の口から溢れ、口の端から収まりきらない肉片が床にばらまかれる。
 自らが手を下した『父親』の無惨な最期。
 そんなものを見ても何も感じないだろうと思っていた。
 だが――。
 予想に反して顔の筋肉が動く。
 口元だけの笑みという形で。

「リゼ、あんた何てこと……っ!」

 振り返ったエナが目を瞠る。
 その瞳は元の色と同じ、蒼翠と翠蒼。

「……なんで、笑ってんの……?」

 その声に宿るのは怒り。
 人を一人殺して笑っている非人道的な人間への怒り。

「いえ、別に何でもありませんよ。ただ、何故もっと早くにこうしなかったのか、と思いまして」

 笑いが止まらない。
 まるで酒にでも酔っているかのように。
 いや、実際に酔っているのは開放感か。

「な、にをゆってんの? あんたの、父親でしょ!?」

 父親だったものを啄(ツイバ)む怪鳥を呼び戻す。
 怪鳥――ハセイゼンがキャサリンと呼んだ鳥は、まだ残る肉塊に不満げな声をあげながらリゼの元に舞い降りた。
 その後で、エナに微笑みを向ける。
 窮屈な檻の中に閉じ込められていたのは何も動物達だけではない。

「父親? 笑わせないでください。私も、そこの動物達と同じ。飼われていただけですよ」

 半眼を伏せて笑う――それは自嘲。

「ああ、言っておきますが比喩でも何でもないですよ。実際に競り落とされたんですから」

「……奴隷か」

 エナをしっかりとその腕に抱きとめたままでジストが呟いた。
 リゼは大きく頷いた。

「この体に流れる血と、この頭脳が欲しかったみたいですよ。買われ、気付いた時には養子にされていました」

 この屋敷に来たのは、もう十八年も前。
 それでも全てを失った日のことは今でも鮮明に記憶している。
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