砂漠の賢者 The Best BondS-3
 望んでおいて、そして生き残ったら正論という詭弁を揮(フル)う。
 そうやっていつまでも綺麗な身で居ようとする少女を、だからリゼは追い詰める。

「貴女が、望んだのですよ」

 ゆっくりと言葉を切って告げると、エナは瞳を揺らして視線を床に落とした。

「あたしが望んだ……」

 エナの手から槍が離れる。
 その槍の代わりに鷲掴まれるものは、少女自身の髪。

「あたしが、殺した……?」

 愕然としているのか、それとも怯えているのか。
 息を潜めたエナの声が微かに震える。

「エナちゃん、それは違――」

「放して、ジスト……」

 小さな囁きはかろうじてリゼの耳にも届いた。

「でも、この傷じゃあ……」

 拒む声にエナの手が拳を作った。

「……放せってば!」

 床に向かって叫ぶその声は、悲しみに満ちていた。
 先ほどまでの覇気など欠片も持たない、ただの少女の声。

――弱い。

 リゼは思った。
 弱すぎる。
 こんなか弱い少女の為に自分はハセイゼンを殺したわけではない。
 何処にでもいるような女が見たくて追い詰めたわけではない。
 ジストの拘束から逃れて一人で立つ少女の目にうっすらと浮かぶのは涙。

「貴女も所詮、その程度ですか」

 期待を裏切られたとばかりに肩を落とした時、その声は響いた。

「どうして……そんなこと、言えるの?」

 静かで、けれど凛とした声だった。
 悲しみに溢れているというのに、澄んだ声だった。

「あんたは今までこの生活を捨てなかった」

 エナが足を踏み出した。
 歪む顔は痛みなのか悲しみなのか。

「不自由な思いもしたのかもしれない」

 引きずる足が赤い絨毯を更に紅く染めていく。 

「だけど辛いことだけじゃ、なかったはずだ」

 その通りだ。
 寧ろ辛いことなど、ほんの一握りしかなかったといっていい。
 だがリゼはそれを鼻で笑った。

「詭弁の次は自己弁護でも始める気ですか? それとも、謝罪を?」

 揶揄する言葉にも、エナは動じず意にも介さず言い募る。

「だから、捨てなかったんじゃないの?」

「そういう、ことですか……」

 歯を食いしばり、また一歩近づくエナ。
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