砂漠の賢者 The Best BondS-3
 何故痛いのを我慢してまで歩こうとするのか、リゼにはわからなかった。
 しかしエナが何を言わんとしているのかは理解した。
 自己弁護でも謝罪でもない。
 説教を始める気なのだ。
 助かったのだから、さっさと逃げ出すなりなんなりすればよいものを。
 欲しかったのは薄っぺらい正義を掲げた説教ではない。
 強い感情が浮かぶ、その瞳が見たかっただけだ。

「それなら……!」

 言いかけたエナが倒れこむ。
 もうまともに力が入らないのだろう。

「……く、ぅっ!」

 床に平伏し痛みに呻くエナを後ろの二人は声も掛けずにただ見守るだけだった。
 その視線の先で、彼女の纏う空気が変化を帯びる。

「それだったら……! なんで壊すの!?」

 床に倒れこんだまま、肘だけで上半身を支えて見上げる少女の目には、もう涙は浮かんでいなかった。
 目は、赤かったけれど。

「あたしが望んだ!? あたしが死にたくないと思ったから!?」

 上体を起こしたその姿には、確かな意志。
 そして叩きつけられる、想いそのもの。

「責任転嫁すんな!」

 それを言うなら、貴女の方だ。
 喉まで出掛かった言葉は、次の言葉に呑み込まれる。

「殺してなんて言ってない。あたしは、あんたに助けなんて、求めてない」

 唖然とした。
 そして、なんて残酷な女性(ヒト)なんだと思った。
 命を危険に晒し、全身で生きることへの執着を見せ付けておいて、仮にも彼女を生かす為に父親を手にかけた自分の行動を躊躇いもなく否定する。
 お前が勝手にやったことだと言ってのける。
 説教かと思いきや、子どものような究極の自己弁護。

「あんたにはあんたの護るものがある。あんたが護りたいのは、あたしじゃなかった」

 護りたいもの?
 そんなものなど、何一つ無い。
 あるのは、壊したいものだけだ。
 そんな思いが伝わったのだろうか。
 彼女は声を張り上げた。

「あんたは護りきれないことを怖れ! 捨てられることを怖れて! 挙句に責任背負うことにもビビってる!」

 理由もわからないままに、どきりとした。
 思いが伝わったのではない。
 見透かされているのだと体の何処かが声をあげた。
 好き勝手にまくし立てた少女は流石に息が切れたのか、肩で息をして呼吸を整える。
 それでも逸らさぬその目を、怖いと思った。
 彼女の口から出てくる言葉を畏れた。
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