砂漠の賢者 The Best BondS-3
そして再び静かに音楽が流れ、憎しみいがみ合う男達は剣を手に相手を倒すべく大立ち回りを演じる。
抑揚ある台詞を言いながらの息つかせぬ攻防も音楽のリズムと寸分違うことなく完成された美しさを披露した。
時折、音楽にコーラスが混じり、戦いの激しさを駆り立てる。
死闘を繰り広げる二人。
お互いが距離を置いて構え直したその刹那。
楽器が止まり、ソプラノの声が幾重にも響き渡る。
人々は息を呑んだ。
深紅の衣装がひらりとたなびく。
光を放つ黒髪が扇のように広がる。
そこに居た誰もが瞬時に理解した。
舞い出たこの少女が太陽神ラーであることを。
軽快でいて、優美な足運び。
伸ばされた指先は憂いを帯びて。
歌と鈴の音しかそこには存在しなかった。
歓声も無い。
身じろぐ様子も無い。
『ラーの願い』を人々は息をつめて見て取った。
同時に『ラーの哀しみ』さえも。
――争わないで、争わないで。
賢く狡い人の子よ――
コーラスが響く。
ラーは舞う。
弱き者を見つめる目で。
――争わないで、争わないで。
手を取り笑ってごらんなさい。――
ラーは舞う。
哀しき者を見つめる目で。
――哀しまないで、哀しまないで。
弱く儚い人の子よ。
愛しい愛しい我の子よ――
ラーは舞う。
愛しき者を見つめる目で。
慈愛に満ちた微笑みで。
コーラスが終わると戦っていた男達は手を取り合った。
そして、ラーを見つめる。
すると再び楽器が奏でられ、壮大な音色の中、皆が踊り出す。
ひらひらと紙吹雪が舞い、つかの間の劇がフィナーレを迎えた時には、大通りいっぱいの人が犇めきあっていた。
開幕とは比べものにならない拍手と歓声が高々と響き渡り、大地を揺らした。
鳴り止まない拍手は、初めて見る舞姫へと注がれる。
深紅の衣装に身を包んだ黒髪の少女の瞳は、空と海の色、二色を湛えていた。