砂漠の賢者 The Best BondS-3
「あちらの方は、ハセイゼン邸のご子息ですの。最近はよく通ってくださるようになりましたわ。何処かの薄情な殿方とは違って」

 本心の嫌味では無い。
 棘が全く無い言い方は、ただ構って欲しくて好きな男にやきもちを焼いてみせる女性のように愛らしい。

「ハセイゼン、ねぇ…。あの狸親父とは似ても似つかねえな」

 その名に、自分の予想が正しかったことを確信する。
 まあ、そんな風に言うものではありませんわよ、と酒を注ぎながら窘(タシナ)める女性の顔は苦笑で、口には出さないだけで本人もそう思っていることがありありと窺えた。

「今日はまたどうして急にこちらに? 先にお電話でもいただければ、あの席、空けて起きましたものを」

「相変わらず商売が上手いな。ハセイゼン邸の子息を蹴って迄あの席を空けておくような阿呆じゃない筈だが」

 嘯(ウソブ)くマリアにジストも慣れた口ぶりで返す。

「あら、それは買いかぶりすぎるというものですわ。わたくしも、ただの女ですもの」

 粋な会話を出来る店が減少していく中、このボージュの質は衰えを見せない。
 その証拠に、他の女の教育も行き届いている。
 少なくとも、色めきたって列を作るような真似はしないのだから。
 ドレスに身を包んだ女性が二人、こちらに歩いてくる。
 一人は昔見た顔だ。
 随分大人っぽくなっては居るが。
 名は確か、ルカといったか。
 もう一人も知った顔ではなかったが、若い割に妖艶な色気を持った美人だ。
 二年振りに来た客の好みを押さえているあたり、流石経営者の手腕といったところだ。
 マリアは立ち上がり二人に挨拶をさせた後、一言二言を言い置いて席を離れた。

「随分サマになったな」

 グラスを合わせながらルカは頬を仄かに染めた。

「覚えていてくれはったんやねぇ」
「御国言葉は相変わらずか」

 何の気ない言葉を交わしながら、ジストは周囲を観察していた。

「いいのか、二人とも。ハセイゼン邸の坊ちゃんに売り込む好機だったんだろう」

 言いながら、ちらりと奥の席の様子を盗み見る。
 柔和な笑顔で言葉を交わす様は何処からどう見ても好青年だ。
 だが、どこか胡散臭い。

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