砂漠の賢者 The Best BondS-3
 男達は今にも中二階に殴りこみに行きそうな雰囲気だ。
 臆することなく歩み寄るジストにマリアを始め店内の人間全ての動きが止まる。

「ねえ、オニーサン達?」

 声を掛けた時、中二階の席から、からんと氷の音が聞こえた。

「なんだ、おめーはよ」

 どうしてこう在り来りの言葉しか言えないんだと思いつつも、ジストは唇に笑みを刻んだ。

「此処は紳士が酒呑む場所なんだよね。五月蝿くするなら、出てってくれない?」

 人を喰うような茶化した口調に、男達の怒りの矛先が変わる。

「おめーには関係ねーだろ! 優男は引っ込んでな!」

 脅すように、割れたビール瓶をジストに向ける男達はそれこそこのまま犯罪くらい起こしてしまいそうな勢いを持っていた。
 けれど、それがなんだというのだろう。

「マリア、こいつらどうしたい? 厳重注意? それとも入店拒否?」

 マリアは少し考える素振りをした。
 答えはもう出ているだろうに。
「……今日のところはお帰りいただきます」

 ジストは頷き肩を竦めた。
 一見、注意だけで終わらせるような発言だが、実のところ、それはとんでもない間違いだ。
 マリアは上品且清楚だが、聖者ではない。
 女狐で、案外喰えない女だ。
 恩赦を与える振りをして、虎視眈々と別の手段を講じている。

「だとよ。大人しく帰る? それとも、つまみ出してやろうか?」

 敢えてプライドを刺激する言葉を選ぶ。
 酔いも手伝って、この男達は感情を更に昂ぶらせるだろう。

「ふ、ふざけんなぁっ!」

 案の定、三人がジストを取り囲む。
 思惑通りとはいえ、有りがちな展開に溜め息を禁じえず、現実逃避のようにちらりとリゼを見遣ると、穏やかそうな目とぶつかった。
 ジストが言っても説得力はないだろうが、リゼのその笑顔は胡散臭い。
 強いていうなら、金の為に人生を説く僧のような雰囲気だ。
 笑顔とは裏腹の鬱陶しい視線が絡みつく。

「余所見してんじゃねぇっ!」

 一人の男が殴りかかってきた。
 蚊でも止まりそうなスピードだ、とはジストの感想。
 ジストは動かなかった。
 ただ、相手の拳が顔目掛けて飛んできた為、当たるぎりぎりでその拳を左手で受け止める。

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