砂漠の賢者 The Best BondS-3
「顔を腫らすわけにはいかないんだよね、今は」

 そのまま男の腕を捻り上げる。
 そして、酒瓶を持った男の手首を蹴った。
 衝撃で男の手から離れた酒瓶がくるくると弧を描いて宙を舞う。
 それを難なく手にしたジストは腕の痛みに呻いた男の眼前へと宛がった。
 たった一瞬の出来事。
 それだけで、男達の士気は霧散した。
 そこに広がる圧倒的な強さの差ゆえに。

「まだヤる?」

 笑みを刷いたジストに男達は固まったまま冷や汗を流した。

「ジスト様、そのへんにしてらして。もう、結構ですから」

 マリアが笑顔で仲裁に入り、男達は安堵の息を漏らした。
 男達にはこの時のマリアが救世主に見えただろう。
 ジストは不満そうな声をあげたが、マリアの言葉に従って手を離し、割れた酒瓶も近くのテーブルに置いた。
 マリアは三人に向き直る。

「今日のところはお帰りいただければ良いものと思っておりましたのに……お客様に手を出されましたわね」

 すっかり覇気を無くした三人は叱られた子供と同じような顔をしていた。

「それはウチではルール違反でございます。向こう三年、この店には入店なさらないようにお願い致します」

 マリアはそういってゆったりとお辞儀をした。
 言い逃れ出来ぬ非を認めさせ、この店が恨みを買わぬように入店を拒否する。
 その為なら客といえどダシに使う、ある意味とんでもない女だ。

「それは、この野郎が……!」

 男はジストを指差した。
 まあ、焚きつけたのは確かなのだから、そう言いたくもなろう。

「ええ、そうですわね。ですから、この方も同様に、三年間お店にはおいでいただきません。……それで、よろしいですわね?」

 マリアは男達を見て、ジストを見た。
 ジストは肩を竦めてみせ、男達も「それならば…」と曖昧に頷いた。
 今度こそ完璧に反論を失った男達はすごすごと帰り支度を始めた。
 ここでごねないのだから、この男達も元は常識を心得ている者達なのだろう。
 すまなかった、と浅く頭を下げ料金を支払おうとした男達をマリアの白く細い手が制する。
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