砂漠の賢者 The Best BondS-3
「……では……お言葉に甘えさせていただきます」

 ジストがさっさとこの茶番を終わらせたいというのを感じ取ったのか、マリアは両手でそのカードを目線の高さまで上げて会釈した。
 上品なピアスが少し揺れ、その微かな光がマリアの美しさを際立てる。
 それに合わせ、毒気をすっかり抜かれた男達もジストに軽く頭を下げた。
 決して裕福ではない彼等は、入店禁止の原因ともいえる男に自分達の呑み代まで払われるということに牙を剥くプライドは持ち合わせていないようだった――有難いことに。
 女性達と店の入り口へと向かう彼等は、何度も何度も誰にだかわからない詫びを言いながら店の外へと消えていった。
 静けさを取り戻した店内の空気は、驚くほど穏やかにしっとりと流れはじめる。

「ジスト様、ありがとうございました。わたくしの小芝居に付き合っていただきまして」

 マリアは言いながら使用していないカードをジストの手に戻した。
 冷え性なのか、意外にも緊張していたのか、その指先はひんやりと冷たい。

「構やしないさ。……さて、俺も帰るとするか。あの男達、俺が出てくるのを待っているかもしれないしな」

 けれど、本題はここからだ。
 立ち話もなんだなと思い、ジストは先ほどまで男達が座っていたソファに腰掛けた。

「ときにマリア、一つ教えて欲しいことがあるんだが」

 潜めた声にマリアは身を屈めて耳を近づけた。
 何でも聞け、ということだ。

「上層に行きたい。何か方法はあるか」

 マリアは驚く素振りも、好奇心も何一つ見えずに問い返す。
 ただ、眉がぴくりと動いただけだった。
 マリアは隣に座り、着物を正しながら一瞬視線を投げかける。
 その目はどこか憂いに満ちていた。

「わたくしに聞くということは、正攻法以外で、ということですわね。それも早急ということで間違いないかしら」

「話が早くて助かるよ」

 口の端を少し吊り上げて煙草を取り出した。
 間髪いれず差し出されるライターの火に顔を近づけ、一息吸いこんで答えを待った。

「リゼ様に話を通せというわけかしら」

「そうは言ってない」

 渋る様相を見せるマリアの言葉をやんわりと否定する。
 話を通してくれると助かるが、あの男が見た印象通りならばきっと話には乗ってこない。
 だからジストは繰り返した。

「俺はただ上層に行ければいい」
< 55 / 147 >

この作品をシェア

pagetop