砂漠の賢者 The Best BondS-3
 マリアは半眼を伏せ、そのままゆっくりと瞬きを繰り返した。
 つやつやと光る真っ赤な口紅をちろりと舐めた彼女は流し目でジストを捉える。

「申し訳ないけれど、わたくしの口からはちょっと……」

 その答えを聞いて、ジストは灰皿に煙草を擦り付けた。
 確かに上層の人間が同じ空間に居る以上、口外するには角が立つ内容だ。

「わかった」

 ジストはカードを財布に仕舞い、改めて金貨を数枚取り出しテーブルに置いて立ち上がった。
 あの男達の呑み代と合わせれば若干足りないかもしれないが、マリアもそこまでは期待していないだろう。
 中二階を見ると、やはりリゼと目が合った。
 だが、その視線はさらりとかわす。

「邪魔したな」

 マリアが何か言うより早くジストは歩き出した。

「また、いらしてくださいね」

 背中に掛かった艶のある声に、了解の意を込めて手を振り、店の出入り口をくぐった。
 ゼルが待つだろう飲食店に向かうべく、下層の方へと足を向ける。
 やけに薄暗い空を見遣る。
 雨雲が空を覆い、今にも雫が零れ落ちそうだ。
 時計に目を落とすと丁度夕暮れ時だった。
 中層のなだらかな坂を下り、下層に向かおうと足を進めた時。

「ジストはん」

 独特の発音と言葉に呼び止められた。
 振り返ると、煌びやかな衣装に身を包んだまま小走りで駆けて来るルカの姿。
 立ち止まって待っていると、目の前まで来たルカはジストの腕に手を添えた。

「…っ、やっと、追いつ、追いつきましたわ…」

 十センチはあろうかというヒールのついた靴で必死に走ってきたのだろう。
 ルカは上半身を二つ折りにして肩で大きく息をしながら絶え絶えに言った。
 何かあったのかと、もしや先ほどの男達が何をトチ狂ったか再度殴りこんできたりでもしたのかと思ったが、ルカは切羽詰った様子でもない。
 大きく深呼吸したルカは、愛嬌のある微笑みを浮かべた。

「ジストはん、お強いんやねぇ。さっきは粋でしたわ」

 まさかそんなことを言いにわざわざ走って来たのではあるまいに。
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