砂漠の賢者 The Best BondS-3


 その姿は艶やかだった。
 紅蓮の炎を思わせる衣装を舞わせ、手首足首に付いた装飾品を鳴らし、ライトの下、黒髪が厳かに輝く姿は正に神のようだと、リゼはぼんやりと思った。
 舞い出た瞬間も目を奪われたが、最も衝撃を受けたのは少女の瞳を見た時だった。
 ぞくりと背筋を這い上がる興奮が体を震わせたことなど、本当に久しぶりのこと。
 リゼは少女が軽やかに舞う様を食い入るように見つめた。
 しょうもない宴だが、名目が自分の嫁選びとなれば参加せぬわけにもいくまいと、宴の始まりから少し遅れて屋敷に戻った。
 ボージュでは面白いものを見ることが出来たし、これで宴の憂鬱さもチャラだと思っていたのだが。
 チャラどころかお釣りがきた。
 技術はあるが、どこか面白みに欠けるアルタイル一座に、こんな娘が居たとは。
 リゼは顔を綻ばせた。
 技術はそれほどでもない。
 だが、見るものを驚嘆させ、感動させる力がそこには存在した。
 躍動感とでも言うべきか。
 体以上に、心が躍る。
 そんな、生命力溢れた娘。
 慈悲深い神を演じながら、その目にはこれ以上無い程の野心がぎらついている。
 欲望か――否、渇望だ。
 飢え渇き、だからこそ強く輝く。
 玉の輿を狙う女達とは全く異なる類の貪欲な瞳。
 引き結ばれた唇は意志強く。
 表情は切なげで。
 けれど瞳は誰よりも欲深い。
 何よりも人間らしく、何よりも神に近い。
 瞬間的に『欲しい』と思った。
 禁忌と知りながら真実の実を食べたアダムとイヴのように。
 冒涜だと知るからこそ、神を引き摺り下ろしたくなる。
 背徳への好奇心。
 汚し、単なる雌へと堕としたい。
 少女は、全くこちらを見ない。
 何処か遠くに視線を投げかけている。
 まるでそこに、血塗られた大平原を見ているかのように。
 リゼは手に持っていたワインを一気に飲み干した。
 あの少女の血を飲み干したような気分になる。
 円卓テーブルがいくつか並ぶ広間には、煌びやかなドレスを身に纏った麗人が五十名程集められている。
 家柄もそれなりに良く、美しい女性達だ。
 にも拘(カカワ)らずリゼの目は最早、可愛らしいとはいえても美しいなどとは程遠い少女しか捉えない。
 おそらく家柄もそれほど良いとはいえないだろう、そのただの娘しか。
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