砂漠の賢者 The Best BondS-3

 なんだったのだろう、今の男は。
 エナは控え室に向かいながら、親指の爪を噛んだ。
 人の目を見つめる同様、エナが考え込む時の癖の一つだ。
 いつも『ほら噛まないの』と注意してくれる青年は今は居ない。
――あたしの目的を知っていた……?

 盗みに来たわけではない。
 取り戻しに来たのだ。
 本当に知っているなら、盗むという単語を使うだろうか。
 否、ハセイゼン家からすれば、一度買ったのだから盗むと表現してもおかしくない。
 酒場では随分と目立ってしまったから、あの男――どうやらこの屋敷の跡取りらしい――が知っていても不思議ではないのだ。

――……となれば、協力させるのも手だった?

 考えて、首を横に振る。
 あの男は信用ならない。
 エナの直感がそう告げていた。
 爬虫類が持つ不気味さのようなものを、あの男は持っていたから。
 餌を狙い、身を潜める。
 そんな気配を、あの男からは感じた。
 目的を知っているにしろ知らないにしろ、何か感づいているのは確かだ。
 近付かないにこしたことはない。
 控え室と称し与えられた、大広間から程なく近い豪華な一室に辿り着いたエナがドアノブに手をかけようとした時。
 エナがノブを捻るよりも早く、内側から扉が開けられた。
 顔を出したのはヴィルマだ。

「エナ! 良かった、遅いから何かあったのかと思ったよ」

 広がる笑顔に、エナはヴィルマが捜しにきてくれるつもりだったのだと感じた。

「ごめん、ちょっと話し込んでて……どうかした?」

 たった五分そこら遅くなっただけだというのに、余りにも過剰な心配にエナは首を傾げた。

「ああ、いや、エナ、アンタには言い忘れてたんだけど……」

「その前に、中、入れて?」

 立ち話を始めそうな勢いのヴィルマにエナがそう言うと、ヴィルマは思い出したようにエナを部屋に招き入れた。
 アルタイル一座の面々に「お疲れさま」と労いの言葉をかけてくれる。
 肩やら背を叩き合いながら、エナはまんざらでもなさそうに会釈を返した。

「で? 何?」

 一通り挨拶を終え、じゃらじゃらと重たい手首の装飾品を取りながら、ヴィルマを促す。

「昼間の公演を終えてすぐだったね、二人の兄ちゃん達がアンタを訪ねてきたんだ」

 端的に切り出したヴィルマにエナの手が止まる。

< 64 / 147 >

この作品をシェア

pagetop