砂漠の賢者 The Best BondS-3
 これ以上言い募っていたならば、おそらくエナは本当にヴィルマに拳を向けただろう。
 その覚悟を見て取ったヴィルマに、もはや言及すべき言葉は無かった。
 ヴィルマはソファーに置かれた淡い黄色のドレスを手に取り、エナへと投げた。

「ほんと、頑固な子だね」

「よく言われる」

 悪戯っ子のような笑顔で笑うエナにヴィルマが真剣な声をかける。

「何があっても、アタシは一切アンタを弁護しないよ。場合によっては、アンタを売るかもしれない」

「わかってる」

 お互いの大事なものを護るだけ。
 それは、裏切りなどではない。

「此処を出たら、アタシ達とアンタはいわゆる敵になるんだ」

「そうだね」

 アルタイル座と、アルタイル座に取り入った詐欺師の関係に。
 エナがドレスを身に纏う間に、ヴィルマはてきぱきと一座に指示を出し、片付けを行わせた。
 それはもう、見事な速さで。
 おそらく長居すべきではないとヴィルマ自身が判断したのだろう。
 その最中、餞別だと言ってヴィルマは何だかんだと半ば強引にエナに色んな品々を押し付け、押し問答の末に根負けしたエナは靴と少しの化粧品だけを受け取った。

「じゃあ、アタシ達はそろそろ行くよ」

 身支度を終えたヴィルマに声をかけられ、エナはピアスを付け替える為に覗いていた鏡から視線を上げた。
 向き直ると、ヴィルマだけでなく一座の面々がエナを取り囲むようにして笑んでいた。

「楽しかった」
「また一緒に舞台をしよう」
「プレタミューズに来た時は是非寄ってちょうだいね」

 口々に告げられ手まで握られてエナは正直面食らった。
 実質、彼らと共に過ごした時間はたった一日弱なのだ。
 それなのに彼らは、まるで昔からの友人のように別れを惜しんでくれる。
 変な、感じがした。
 背中がむず痒くなるような、そんな感じだ。
 エナも、握られた手をぎゅっと握り返して頷いた。

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