砂漠の賢者 The Best BondS-3
 良い人達との出会いだった。と、余韻に浸る間もないエナはほんの数秒、扉を見つめた後に小さなポーチを手に取った。
 主にゼルに荷物持ちをさせているエナが、唯一自分で持ち歩くことにしている七つ道具達が詰め込まれた鞄だ。
 ブリューナク――エナの武器の名前だ――を所持していない以上、少々心元無いが仕方がない。
 エナは折りたたみ式の万能ナイフを取り出し、胸の谷間――には残念ながら納まらなかったのでブラの布地に噛ませるように押し込んだ。
 前後で裾の長さが違うベアトップのドレスは体にぴったりと沿う生地の為、よくよく見ればナイフを隠した所だけ微妙に形が変わっているが、胸を反らしたりしなければ気付かれることはないだろう。
 腿に巻くゴムベルトに挿しておくことも考えたが、歩く時に腿が露出する為、見咎められたら厄介だと諦めた。

「マーメイドテールは動きやすいから助かるんだけど……」

 ぶつくさと呟きながらゴムベルトを外し、ポーチに入れる。
 ちなみに、マーメイドテールというのは、ひらひらとした布が無ければただ前後で長さが違うだけの――所謂フィッシュテールと呼ばれるもの――なのだが、そのひらひらとした飾りが裾に沿って付いていることで「あ、なんか人魚みたい」と思ったエナが勝手に付けた名前である。

「……いくらドレスが動きやすくても、この靴じゃなぁ……」

 十センチ程はあるヒール靴ではどう考えても大立ち回りには向かないが、アルタイル座が揃えていた靴は軒並み高いヒールのものばかりだった。
 ただ、舞台用にと靴の裏に音を消す加工がされており、それはとても有難かった。
 と同時に、ラファエルを見つけ出す迄の作戦が自ずと決められる。
 見つからないようにこっそり動くしかない。
 下調べもしていないし、準備だって万端とは到底言えない。
 エナ本来の性格上、余り向かない作戦だが向き不向きで選ぶわけにもいかず、エナは渋々そのヒールの高い靴を履いた。
 それでも気分は幾分か楽になっていた。
 彼等がこの街に居ると知ったからだ。
 依存しているつもりはなかったが、存在を近くに感じられるだけでこれほどまでに心が軽くなるのだから、それに準ずる感情はあるのかもしれない。
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