砂漠の賢者 The Best BondS-3
 彼らが居ると思うだけで走ることが出来る。
 無茶することが無茶ではなくなる。
 彼らはきっと自分を見つけてくれるから。
 勝手にカダルを飛び出してきたことを彼等は――特に心配性のゼルなどは――怒るだろうが、どこかで怒られることを楽しみにしている自分も居るのだ。
 それは再会の喜びをも連れてくるのだから。
 エナは鏡に映る自分の姿を見た。
 その顔は、知らず笑みを刻んでいる。

――早く、会いたい。

 声に出しかけた言葉を飲み込んだ。
 まだ早い。
 まだ、自分は突っ走らねばならない。
 彼らに会うのはそれからだ。

「ラフ、待ってて」

 本来人懐っこい性格ではないらしいラファエルはきっと今、この屋敷の何処かで不安に震えていることだろう。
 エナは両手で自分の頬を叩(ハタ)いた。
 気合は充分。
 怖いものなど、何も無い。
 あるとするなら、大切な者の命を喪うことくらいだ。

「本業泥棒をナメんじゃないわよ……!」

 ラファエルを買い戻すにしろなんにしろ、全てはラファエルの無事を確認してからだ。
 行商人からラファエルを売った値段分きっちりせしめてきたエナは泥棒というより強盗の類だと残念ながら自身では気付いていない。

「……この壷……幾ら位すんのかな……」

 部屋の隅に飾られた陶磁器に青い文様が描かれた壷を見て呟いた言葉にエナは首を横に振る。
 邪念を追い出す為だ。

「よしっ。行くかっ!」

 長い夜が、始まる。


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