砂漠の賢者 The Best BondS-3
2.

 大広間を横切ったエナは、其処に居た多くの女性達に何の違和感もなく溶け込んでいた。
 その為にドレスを借りたのだから、当たり前といえば当たり前だ。
 アルタイル座に出会った時に着ていた服は持ち歩くと邪魔になるため、渋々手放すことにした。
 かつらを取り、本来の髪の色を曝したエナは俯き加減で歩いていたため、他の誰もエナが先ほどまで踊っていた人間だとは気付かない。
 いくら上手く雰囲気に溶け込んでいるとはいえ、何処にどれほどの警備員が居るかわからないような廊下を闊歩するわけにも行かず――不審がられるのは自明の理だ――エナは取り敢えず手洗いへと向かった。
 大広間にはそれぞれ男女別の手洗いが設置されている。
 わざわざ性別によって分けるなど、一体何処まで金持ちなんだ、とエナは思う。
 今現在、大広間にハセイゼン邸の息子の姿は見当たらない。
 エナは安堵の息を吐いた。
 見つかることは無いと思っていたが、居ないのならばそれに越したことはない。
 先ほど飲んだワインが少し体に影響を与えていることを理解しているからこそ、エナは意識を集中させた。
 ワインだけは体との相性が余り良くないらしく、好きではあるのだが、余り量は飲めないときている。
 集中力散漫にでもなったら命取りだ。
 誰の意識にも触れないように手洗いに入ると、そこは五つ程の個室があった。
 本当に、無駄に広い手洗いだ。
 エナは天井を観察しながら、一つの個室に入った。
 エナほどの華奢さをもってしても通れるかどうか危ういほど狭い通気口。
 それを見つけたエナは手洗いに人が入ってくる気配がないのを確かめ、閉じた便器の上に立った。
 通気孔へと手を伸ばすが、それだけでは届きもしない。
 仕方が無いので、片足を壁に張った反動で、まず、隣の個室とを隔てる壁の上部分を手で掴み、自身の体を扉の上部へと引き上げる。

――……ここで誰か来たら言い逃れも出来ないなー……。

 いくら酔っ払ってた者でも、手洗いの壁によじ登るような真似はしないだろう。
 こんな姿を見られでもしたら完璧に不審者だ。
 通気孔を開け、ポーチを投げ入れてから飛び移った。
 肩さえ入れば後は簡単。
 全然主張してくれない貧弱な胸に感謝した。

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