砂漠の賢者 The Best BondS-3
 よく見れば不自然だろうが、黄色のドレスが通るよりは人の意識に触れまい。
 そろりそろりと通りきり、ハンカチを仕舞う。
 バクバクしている心臓を押さえ、小さな溜め息を吐き出した。
 やはり、こういう侵入の仕方は向いていない。
 表から堂々と行くほうが性にあっている。
 慣れないことを慣れない服装でするときは十二分以上の注意力が必要だ。
 彼女は気付いていなかった。
 ドレスの裾がほんの少しだけではあるが、通気孔越しに見えていたなどということは。
 そしてそれを見て、溜め息をつく人物が居たなどとは。
 そんなこととは露ほども思わず、エナは先を急ぐ。

――あれ……? つきあたり……?

 最初の分かれ道以外、一本道だった。
 これで、通気孔の意味などあるのだろうか。

――変だな……。

 突き当たりを調べようと手を伸ばしたら、足元で少し、地面が揺らいだ。

――あ。こんなとこに出口。

 暗くて気付かなかったが、確かに其処には通気孔の出入り口があった。

――ん?

 手をついていた突き当りの壁。
――他のと……違う。

 明らかに違う素材。
 頑丈な鉄板。
 後から継ぎ足されたものなのだろう。
 一体、何の為に。
 そう思ったが、答えなど出るわけもなし、考えることを放棄する。

――降りるしかない……か。

 通気孔口を開けて様子を見る。
 暗くてよくわからないが、こんな暗いところに見張りがいるわけがない。
 ひょい、といつもの感覚で飛び降りる。
 が、状況はいつもと違った。
 バランスを崩し、足に痛みが走る。
 ヒールのせいだ。

「――っ!」

 声にならない声をあげて、足を押さえ顔を顰める。
 効き足である右をくじいたかもしれない。

「ヒールなんか……二度と履いてやるもんか……!!」

「それは残念ですねぇ、似合ってるのに」

「!!」

 返ってきた声に、びくりと肩を震わせる。
 真っ暗な部屋の中、窓から入り込む微かな光だけがぼんやりと声の人物を映し出す。
 雨が降っているのだから当然、月は無く、けれど暗闇に目が馴染んできたエナはその人物が誰であるかを理解した。

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