砂漠の賢者 The Best BondS-3
 エナはその手を思いっきり引いた。
 重心を下げ、相手の体重を借りて、左足を振り上げる。
 火花が散るような蹴り。
 それを右腕で受けた男。
 利き足ではないにしても、男一人くらい吹き飛ばせる威力を持った蹴りだ――相手が油断していたならば。

「!!」

 受けられたことにエナは驚きを覚えた。
 この男は端から仕掛けられることを知っていたのだ。

「やんちゃだなァ。痛いじゃないですか」

 エナの体重を片手で支えながら右の足首を蹴る。

「い……っ!!」

 エナの体の重心が消え失せる。 絡まりあうように倒れこむ。
 頭を強打したエナの眉根に皺が寄る。

「……卑怯者!!」

「あは。貴女が言いますか? まともに入ったら失神ものでしたよ、あれ」
「そのつもりだったの!!」

 仏頂面で言い返すと、男は楽しそうに笑った。

「素直な人ですねぇ」

「どけっ!!」

「冗談でしょう? こんなに美味しい状況なのに」

 エナは素早く胸元からナイフを取り出した。
 けれど刃を開く間もなくその手は捕らえられ、容易く頭上に縫い付けられる。

「そんな物騒なもの、隠し持ってちゃ駄目でしょう?」

 エナの手からナイフを取り上げ、ぽい、と後ろに放り投げられる。

「あんた、何者……?」

 力にもスピードにも、そうそうそこらの人間には負けないという自負を持っている彼女が、まるで赤子のようだ。
 たとえ得意の武器を持っていないことと足を挫いていることを差し引いても、こうまで簡単に主導権を奪われる筈がなかった。

「貴女が弱いんですよ。ああ、それとも私に興味が出てきました? 私はリゼというんです」

 エナの首筋の匂いを嗅ぎながら男が含み笑いをしながら自己紹介を言ってのける。

「噛み付かないでくださいね、痛いんですから」

 今にも耳に噛み付いてやろうと思っていた口を、空いていた手で押さえつけられる。

「でも、やっぱりこうじゃないと」

 頭を振って、手を離させる。

「何がだっ!!」

 口元に嫌な笑みが宿る。

「めいいっぱい抵抗してください。そして、犯されてくださいね」

「ふざけんなっ!!」

 思ったよりも顔が近い。
 唇に近付いてきた男の顔が止まる。

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