砂漠の賢者 The Best BondS-3


 叫び声を聞きつけ部屋に飛び込んだ時、目に入ってきたのは護ると決めた娘が何処ぞの男に組み敷かれている姿だった。
 扉の隙間から零れ入る一筋の光がエナのあらわになった腿を惜し気もなく照らし、その足の間に男の姿を認めた時、ジストは反射的に後頭部に銃の照準を合わせた。
 発砲しなかったのは奇跡と言っていい。
 不謹慎ながらジストはこの時エナとの間に取り交わされた殺さずの契約を守った自身を心から称賛した。
 すんでの所で思い留まったのは、首をほんの少しあげて凝視しているエナが視界に入ったからだ。
 とはいえ、エナからは逆光で姿の輪郭位しかわからないだろう。
 男――リゼはゆっくりとこちらを振り返った。
 まあ、こんなことじゃないかとは思っていたが、とジストは心中で呟いた。
 何も押し倒されてなくてもよかっただろうに、思った以上のリゼの食いつきぶりにエナへの感嘆が増す。
 エナ同様見えてはいないだろうが、リゼは目を細めた。

「とりあえず、それから離れてくださる? ……胸糞悪ぃんでね」

 前半は普段通りの真面目になりきれない声。
 後半は怒りを押し殺した低い、冷気を伴う声――恐らくここ十年は誰にも聞かせた記憶の無いものだった。

「……ジス、ト……?」

 やがて、信じられないものでも見たような――聞いたというべきか――顔と声でエナが声を発した。
 見える輪郭と聞こえた声の情報が食い違っているからなのかエナの声音は恐る恐ると言った風ではあったが、それは多分、女装するジストへの怖い物見たさの好奇心から出たものだろう。

「そう。その名前でしょう、こういう時に呼ぶのは」

 役作りは忘れぬままに婉然と微笑んだジストにエナは上半身を起こしてみせた。
 そのエナを引き止める力は働かなかった。
 リゼは両手をあげた状態で微動だにしない。
 だが、その表情は、ただただ笑顔だ。
 ジストの指一本に命を託されているのにも関わらずの笑顔には、薄ら寒い気味悪さが篭る。

「……助かった、ありがと」

 エナは立ち上がった。
 足を引きずりながらも、部屋の片隅に転がっていたナイフを掴みあげると、エナは光の下に歩み寄る。
 その瞳には一切の陰(カゲ)りもない。
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