砂漠の賢者 The Best BondS-3
 おそらく力ずくで手篭めにされかけたのであろうに恐怖に圧倒されるわけでもなく、さりとて己の甘さを無視するわけでもない。
 震えてみせる位した方が可愛いげの一つもあろうに、とジストなどは思うわけだが。

「足、どうかした? 大丈夫?」

 まじまじとジストの恰好を見るエナに視線を降ろす。
 意識は男に遣ったままで。

「あ、うん、ちょっと捻っただけ。平気」

 心此処にあらず。
 目を合わせることなく答えるエナの胸元。
 それを見た瞬間に体にぞわりと衝撃が走った。
 例えるならば悪寒。
 足の爪先から頭のてっぺんまで一気に駆け上がったそれは、全身を粟立てた。
 エナの鎖骨より少し下に咲く小さな紅い印。
 所有を示す証のようにも見える。
 エナは一歩後退り、訝しげな顔をした。
 その行動で、自分の視線が殺気を孕んでいたのだろうとジストは知る。
 表情に出ていない自信はあった。
 ただ、普段は余り動かない感情を発露しただけだ。
 だがエナはそれを敏感に感じ取ったのだろう。
 ドレスについた小さなポケットから紙を取り出し、エナに渡す。

「……大丈夫なら、先に行っててくれる?」

 自身で思ったよりも平坦な声が出た。
 エナはそれを受け取り、ようやくジストの目を見る。

「……人使い、荒いんだ」

 拗ねるような響きに、エナが再会を望んでいたことを感じ取り、ほんの少し、気持ちが和らぐ。

「貴女が言うの? こんな恰好させといて」

 冗談めかすとエナは笑った。

「そだね、ごめん、ジスト。ありがとね」

 迷惑をかけたことはどうやら自覚しているらしい。
 自覚しているならばそれ以上言うべきことは何もなかった。
 どうせ護ると決めた以上、何を言ったところでジストの取る行動は変わらないのだから。

「すぐ追いつくから。無茶しちゃ駄目だよ」

 片手をひらひらと振って追い立てるとエナは肩を竦めるような仕草の後、その場で靴を脱いだ。
 それを手に持ち、エナはリゼを睨みつける。

「この落とし前、きっちりつけるから。覚悟してて」

 そして再度ジストと目を合わせると小さく頷く。

「ジストも。無茶しないでね」

「大丈ー夫。ジストさんがこの程度の輩に負けるわけないでしょ」

 どん、と豊満――に見せかけた――な胸を叩くとエナは安心したように微笑み、背を向けた。

「さて、と」

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