砂漠の賢者 The Best BondS-3
 リゼの頭に銃の照準をぴたりと合わせたままエナを見送った後、ジストは視線を戻し、身動き一つ出来ずにいた男に笑い掛けた。
 妖艶にして嫣然たる笑み。
 豪奢な巻き髪をかきあげる。

「困るのよねぇ。あれはアタシが先に目ぇつけたんだから」

 男に近寄る。
 男も負けじと笑う。

「ぞくぞくしますよねェ。私にくれません?」

 ふ、とジストは笑う。

「お前風情が手が負えるかしらね」

「その言葉そっくりお返ししますよ。彼女、まっさらのようですが?」

 手、出せてないんでしょう?
 その言葉に銃を額に押し当てる。

「わかってないわね」

 手を出せないのではなく、出さないだけだ。
 今はまだ、歪めてしまいたくはない。
 彼女によって変わっていく彼女がいい。
 誰かの手によるものではなく。
 不可侵で、不可触の彼女をまだ見ていたい。
 変えてしまうのは簡単だから。
 変わってしまうと、折角の興味が削がれてしまう。
 絶望するにはまだ早い。
 答えをだすにはまだ早い。
 飽きさせない存在で居てもらわねば困る。

「わかっていないのは、貴方も同じです」

 トリガーを引いてしまえば命を落とす状況で、リゼは尚も言う。

「あれ程の女性を壊す楽しみが、わかりませんか?」

 唆すような響きに、心の底から嘲笑が零れた。
――だから、お前はわかっていないというんだ。
 お前ごときが壊せるものか。
 創ることの難しさを知らぬ輩があれを壊せるものか。

「壊すことに興味がないといえば嘘になるけれど……ね」

 力で奪えるものではない。
 本当に欲しいものは、力では手に入れられない。
 だからといって、それはそれ。これはこれ。
 エナの首筋に残された、自分以外の印。
 宝者に触れたこの男を無残なまでに苦しめて殺してやろうと本気で思った。
 否、思考さえも超えて殺意を抱いた。

「貴方も、奪いたいと思ったでしょう?」

 彼女の価値もわからずにまだ男は挑発するように言い募る。

「貴方、ボージュに居ましたよね? 貴方でも壊せないのなら、やっぱり、欲しいな」

 だが、そんな安っぽい挑発に乗りはしない。
 一笑に付してジストは銃を仕舞う。
 銃の弾すらこの男には勿体無い。
 こんな優男、素手で充分だ。

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