砂漠の賢者 The Best BondS-3
第四章【その夜は月さえも赤く】
1.

 ふかふかの絨毯が敷き詰められた人の気配がしない廊下の真ん中でエナは座り込んでいた。
 エナの横には壁に灯る燭台から取り外された蝋燭(ロウソク)が二本。

「変に触っちゃ駄目だってこと、わかっちゃいるんだけど、っと」

 呟き捻った足を手に取った。
 何をするか――決まっている。 応急処置だ。

「……く……っう……!」

 力を加え、声を殺して呻いたあと、エナは蝋燭を自分の足に宛がった。
 侵入の際に活躍した大判のハンカチと、腿ベルトによって、蝋燭を足首に固定すると、エナは何度かその場でとび跳ねた。
 添え木の代わりにするには少々短いかもしれないと思ったが、長さも太さも案外エナの足に上手く馴染んだ。
 多少痛いが、動けない程じゃない。
 命の危険が差し迫ったならば走ることまで可能だ。
 二、三日は違和感が拭えないだろうが、医者に係る程ではない。
 エナはナイフを手にしっかりと力を込めた。
 ハセイゼン邸の息子、リゼには明らかにエナが侵入してきたことがバレてしまったし、ジストだっておそらく正面から正々堂々と入ってきたわけではないだろう。
 加え、こっそりと入ってくるよりは目撃者を根絶した方が手っ取り早いという彼の性格から、既に見張りの何人かがおやすみ状態になっていると考えた方が自然だ。
 となれば、この騒ぎが公になるのも時間の問題。
 見つからずに目的を果たそうなどと考えている時間は無い。
 ならば、少々強引だが強行突破を試みるしかなかろう。
 ジストから受け取ったこの家の見取り図を見る。
 何故ジストがこんなものを持っていたのかは疑問だが、おそらく彼独自の入手ルートが存在しているのだろう。
 その辺のことをあまり深く知ろうとは思わない。
 叩けば叩くほど埃が出るような男だ。
 下手に知ればあちこちから命を狙われかねない。

「……金持ちって地下とか屋根裏、好きだよね」

 呆れ半分で地図を見下ろす。
 ジストがつけておいてくれた印は地下にあった。
 丁寧にも、地下へ続く階段がある部屋にも印はあるが、現在位置がおおよそでしかわからないので、余り意味を為さない。
 エナは柔らかい絨毯を足の裏で感じながら小走りでなんとなくの方角に向かう。
 とりあえず屋敷の端まで走れば現在地くらいは特定出来るだろう、という、時間がないと強行突破を選んだ割には悠長な行動だ。
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