砂漠の賢者 The Best BondS-3
   *

「な、なんだぁっ!?」

 突然わらわらと降って涌いた詰襟の男達にゼルは目をひん剥いた。
 今の今まで忍び込んだとは思えない平和な足取りで屋敷内を徘徊していた為、気が弛みつつあったから、その狼狽ぶりは侵入者のそれではない。
 寧ろ侵入された者の反応と言えた。
 出来るだけ騒ぎを大きくしない為にも無駄な流血は避けるべきか、と振り返った背後からも警備隊が迫ってくるのを見て、ゼルは思わず舌を鳴らした。
 万事休す。

「イキナリどーなってンだよ、こらぁよ!」

 説明が与えられるわけがないことを知りながらゼルは愚痴めいた声音を上げて、鞘から刀身を抜き放った。
 青白い光の顕現に、三十名を超えるだろう男達はゼルから一定の距離を保った場所で立ち止まり取り囲んだ。
 馬車が二台程通れるだろうかという廊下でゼルを中心に輪が出来る。

「青銅か?」

 何処からか嘲笑うような小さな声があがる。
 剣の材質を問うものだとゼルは気付いた。

「油断するな、レアメタルかもしれん」

 誰かが答える。
 ゼルは重心を下げ、刀身を横にして構えをとった。
 真っ直ぐに構えていては、後方からの攻撃に反応しきれない。

「見ろ、義手だ」

 また誰かが声を発した。
 全ての足の動きに意識をはりつめているゼルは、どんな男がそれを口にしたのかなど確認している余裕が無い。

「義手?」

 馬鹿にしたような響きの声。
 だが、それは一つきり。
 その声の後には。

「義手だ……!」

 ざわめきが広がる。

「どーした、義手がンな珍しィかよ?」

 ゼルは不敵に笑う。
 蒼灰色の目には闘志をぎらぎらと燃やして。

「エ、エディだ!」

 誰かが叫んだ。
 その瞬間、男達の顔色が変わる。

「エディの剣士だ!」
「漆黒の死神率いる海賊団を一瞬にして壊滅に追いやった、あの!?」

 人を喰らうと言われる妖刀エディの存在に気圧されて。
 ゼルが持つ噂に恐れをなして。
 ゼルを取り囲む輪が少し広がる。
 男達が皆、一様に一歩後退したからだ。

「……脚色度合いがハンパねェな」

 漆黒の死神との対決で、思った以上に名前が広まってしまっているらしい。
 捕まった上に自身のエディによって喰われかけた過去は、ゼルにしてみれば情けない限りなのだが。
 ま、噂っつーのはそんなもんか、とゼルは零す。
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