砂漠の賢者 The Best BondS-3
「……いいンかよ?」
仕事熱心な女のことだから万一見逃してくれたとしても、そんなことをはっきりと口にするなどとは思わなかった。
ティンクトニアは肩を竦めて踵を返した。
「私は刃が折れても戦えるが、柄を折られてしまってはどうしようもないだろう」
ゼルは足元の刀を見下ろした。
柄と鍔(ツバ)の境目で二つに分かたれた刀。
まあ、もっとも、とティンクトニアは言を次いだ。
「他にお前と戦いたいという者が居るなら話は別だが」
たっぷり三秒。
沈黙が居座り、ティンクトニアは背を向けたまま、ふふ、と笑う。
「業物だったんだが……本当、やってくれる」
細心の注意を払って鍛え上げられた刀を両断する。
それは風さえ起こさぬ程に一点に力を集中させたからこそ可能になった武器破壊。
だがこの時のゼルは自身が一つの壁を乗り越えたということにも気付かずにいた。
「ティンク!」
去ろうとするティンクトニアに声を投げる。
ティンクトニアは半身だけを振り返らせ橙色の髪を揺らし、首を横に振った。
「お前が謝ることではないよ。私は仕事をした。そしてそれに失敗した。それだけのことだ」
言わなくてもわかってしまう。
なんと居心地が悪く、なんと居心地が良いものなのか。
エナやジストとはまた違う、意思の疎通。
「ああ、そうだ、最後に聞いても良いか」
抑揚の無い声で、ティンクトニアは優しく微笑んだ。
返事もせずに次の言葉を待つ。
「私の時は見事に断ってくれたが。今、屋敷内にいる二人はつまりお前の……」
ゼルはティンクトニアの言葉を最後まで待たずに笑った。
「おう。……仲間ってヤツかもな」
ティンクトニアと剣を交わらせることでわかってしまった。
ティンクトニアにはきっと、背中を預けられるだろう。
どんな死地においてもきっと安心して目の前のことだけに取り組める。
本来『仲間』と呼ぶのはティンクトニアのような人間なのかもしれない。
だがそれでも。