死と憤怒
獣のような唸り声と家具が壊れる音がした。
どちらのものかわからない悲鳴が聞こえる。
静寂。
数分の空間。
血腥いにおいと共に突き飛ばされる形で何かが扉を突き破って飛ばされた。
それは、壁にぶつかり、反動で地面に叩きつけられる。
唸り声と共にそれを掴む者が彼の父だと認識すると、ローレンスは息を飲んだ。
メアリーは怯えている。
父は既に正気でなく、鬼神である能力が暴走して姿までが変わってしまっている。
こうなってしまえば手遅れなのではないか。
ローレンスは直ぐに解った。
だが、暴力を振るわれている当人に抵抗する様子はない。
「ヴォルフラム!」
もう一度呼びかけた。
今度は“来るな”という返事はない。
死んでいるのかとメアリーが恐る恐る近寄ろうとした。
「待て。」
ローレンスはメアリーに危害が及ぶことを案じて止める。
“ゴフッ”と血を吐く音がして、ヴォルフラムは立ち上がった。
今にも死にそうで、逃げるか抵抗するかしなければならないことも解っているはずなのに彼は立ち上がって父を見る。
「輪廻は、変えられない。」
そう呟いた。
「だから、ここで終わりにしよう。」
やはり、自分が死ねばいいのだと思っているのかとローレンスは思う。
「出来ると思っているのか?」
凛とした声がした。
それはメアリーのものだと理解するのには時間がかからない。
「死んでも、貴方が解放されることはない。」
にぃ、と笑ったそれは彼女であってそうでないように見えた。
「メアリー?」
ローレンスが呼ぶとメアリーは無機質に見詰めた。
それがメアリーではないと何故だか本能的に感じた。
彼女は唇に指を当てて“しぃっ”と言う。
「シェーンベルク家はここで滅ぶ。これは最早変えられない。」
そう言い残してメアリーは倒れた。
シェーンベルクは父親方の名だ。
この一族は代々名のある一家である。
それが、母の死を境として次々と疫病や事故などで死んでいる。
今日が父の番なのだ。
ヴォルフラムはそう理解した。
倒れたメアリーをローレンスが受け止める。
時間が止まったように暫しの静寂があった。
(ならば、俺も死ぬべきだ。)
静かに父を見据える。
父が荒い息を吐いて手を振りかざす。
(これで、終わりだ。)
どこか安堵していた。
これで、漸く終わる。
二度と誰も殺さずに済む。
だが、白い羽が舞い降りて、父は倒れた。
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