死と憤怒
大きな翼を持った者が現れる。
「本当は、貴方が殺してくれた方が都合が良かったのだが。」
そう言った。
その口調が先程のメアリーと同じだ。
メアリーに取りついていた何かなのだと感じた。
この世のものではない存在。
異質な空気が張り詰める。
「我が名はアズライール。アズラエルと呼ぶ者もいる。死を司る天使だ。タナトスとは違って、寿命で朽ちる命の方が専門だ。」
アズライールと名乗る者はヴォルフラムを見る。
「タナトスの輪廻と貴方の父のことは関係ない。こうなる宿命だっただけだ。……だが、シェーンベルクが滅ぶのは紛れもない。貴方のせいだ。サタン。」
罪人の名を呼んだ。
記憶が蘇るように鮮明に思い出す。

脳裏には“地獄界”の光景が浮かぶ。
“裁きの間”と呼ばれる空間で神により裁かれた者達が居る場所。
蠢き、血に飢えたならず者ばかりだ。
その奥の牢。
それに白き鎖で繋がれた罪人。
狼の耳にユニコーンの角を持つ男。
彼が犯した罪の名は“大量虐殺及び、摂理への冒涜”
『汝、大罪を犯した者よ。』
罪を言い渡されたサタンの表情は笑っていた。
心底、嬉しそうに。
その笑みの理由はきっと愛おしいものを傷付けることはもうないのだという安堵だろう。

彼の大罪。

それは、私欲のためなどではない。

大切なものを守る為に、それ以外を排除したのだ。

歪んだ愛。


『神よ。願いを聞いてはくれないか。』
いつだったか、彼は言っていた。
『——を、どうか、来世では幸せにして欲しい。』
その名は抜け落ちて思い出せない。
だが、それは愛おしいものの名前だろう。
抜け落ちた名前と代償に彼女は神によって守られた。

時が経ち、彼は許された罪人として神に仕えた。

そして、タナトスと共に居た罪人……“ゼロ”という少女を喪った。
『俺が唆した。』
そう嘘を吐けば、憎んで生きるだろう。
憎まれでもしなければ、自分が生きられない。
そんな傲慢さで、嘘を吐いた。
彼女をひとりにしたことへ罰が欲しかった。
ひとりにさせないという約束を破ったことを、憎んで欲しかった。
『————っ。……貴方を、許さない。』
そう言った彼女の瞳は悲しみから憎悪へ変わる。
『何度でも失い、何度でも死んで、何度でも絶望するがいいわ。』
彼女による輪廻が始まった。

「こいつはヴォルフラムだ。」
ローレンスはアズライールを睨む。
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