きみが教えてくれた夏
「海音、おはよう。相変わらず早いね」



素っ気ない言葉しか出てこない。
なにを話したらいいか分からない。
海音ならなんだって楽しそうに返事を返してくれるんだろうけど。



「今日はどこへ行くの?」



胸のワクワクが言葉となって出てくる。
どこへ行くの?
今日はどんな景色や知らないことを教えてくれるの?って。



「秘密だなぁ」



人差し指を立てて秘密のポーズ。
その仕草にまたドキッとしてしまう。
最近の私はなんかおかしい。
こんなの、ここに来た時には感じなかったのに。



「ほれ、早く乗れよ」



海音がサドルを叩く。
その手に吸い寄せられるように私は自転車に股がる。


そしてまた腕を通す。
海音の柔らかい体にきゅっと巻きつける。



「さあ、行くぞ」



勢い良く地面を蹴りつける海音。
自転車が動き出す。
またゆっくり、のっそりと。



ぎこぎこ。


相変わらずの古びた音。
二人分の重さを乗せた自転車は随分と音を立てる。


でも今日は昨日みたいなでこぼこ道じゃない。
言うなればどこまでも続き、終わりが見えない一本道だろうか。


見渡す限り、田んぼ。田んぼ。
ここは田んぼしかないのかと思うくらい田んぼだらけだ。
まぁ、東京だってビル。ビル。ビル。のビル続きだから田んぼかビルかの違いだろう。



「今日も暑いなぁ」



海音が前を向いたまま言う。
そんなこと、いちいち口に出さなくても分かるというのに。



「なぁ、未来?」



そして、なんでまた私に訊ねるかな。
私には理解出来ない。
夏なんだから暑いに決まってる。



「うん、そうだね。暑いね」



素っ気ないだろうか。
いや、今日も暑いなぁと言われてこう返す以外にどんな返し方があると言うのだ。



「お前は暑さに弱そうだなぁ」



呑気そうになまった言い方をする海音。
ケラケラ。
カラカラ。
涼しそうに笑う。



「弱いんじゃなくて嫌いなだけだから」



弱い。
どうも認めたくない。
どこか海音に負けるみたいで嫌だ。
こんな呑気な奴に負けを認めるのはどうもプライドが許さない。



「ははっ。未来は意地っ張りだなぁ」



まるで小さい子にでも言うかのように笑った。
なんか馬鹿にされたみたいで。


海音のお腹に巻いた腕をぐっと左に曲げる。
すると、自転車も左にふらついた。
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