かりそめ

そして放課後――――
文実ちゃんは「気をつけてね」と言って私の背中を押してくれた。ほんのり勇気が湧いてくる。ちょっとしたことでも照れくさいと感じる私は笑いながら「ヤンキーだったら返り討ちにするぜ!」と茶化した。

楓「ええと、図書室図書室…」
まだ入学して間もない私にとって図書室に行くのは一苦労だった。先生何十人に聞いたことか。いや、決して方向オンチなんかじゃあないぞ。まだ慣れていないだけだ、うん。
やみくもに歩いていると本棚がずらりと並ぶ部屋を見つけた。恐らくそこが図書室だろう。ドアの前に立ちノブを握った。
ドアに鍵はかかっていなかった。
「キィィィ――――」
うっ、ドア特有の音がなってしまった。これでは相手に来たとバレてしまう。ぐぬぬ、なんてオンボロなドアなんだ!直しとけ!!
毒づきながら中を覗くと、
?「お、来たな」
突然の声にビクッと動きが止まる。
やっぱりバレたじゃないか!ドアめ!
?「こっちこっち」
奥から声がする。これ以上部屋に入るのが怖くて体は一歩も動かなかった。
?「ったく、めんどくせーなー」
気が短いのか奥から人影が現れた。
楓「え、うそ」

その人には見覚えがあった。
右側のおでこにホクロ。
サラサラの髪。
ほど良い茶髪。
悠貴「おれは羽佐田悠貴だ。お前あのちっちゃいやつの友達だろ?」
えー…
羽佐田悠貴ってこんなやつだったの…?
チャラ!こわ!裏表の顔激しいな!
あんぐりと口をあけている私を見て突如吹き出す羽佐田悠貴…先輩。
悠貴「何お前その顔チョーうけるwwwwwwwww」
楓「はぁ!?」
意味がわからない!なんなのこいつ!呼びつけておいていきなり吹き出すとか失礼にもほどがあるだろ!
楓「で、何の用ですか?」
さっさと用事を聞いて帰ろう。こういうやつとは気が合わないと私の直感が言っているのだ。
悠貴「あー実はさー、かりそめってのをやってほしいんだ」
楓「かりそめ?」
美容室を連想したのは私だけだろうか。
悠貴「彼女じゃないけど彼女。嘘で付き合えってこと」
楓「あーそういうこと。」
……。

楓「はあぁぁぁぁぁ!?」
ちょっと待って!私がコイツと!?嫌だ嫌だ嫌だ!!!こんなムカつく野郎と付き合うなんて仮でも嫌だわ!
しかもそれって文実ちゃんを裏切るってことだよ!?親友を裏切るくらいなら引きこもるわ!!
悠貴「あー親とかに知られたくないんだろ?大丈夫。そうバレないから」
楓「そこじゃねーよ!!」
バンッ!と机を叩く。
楓「文実ちゃんは悠貴先輩の事すきなんだよ!?文実ちゃんとかりあげすればいいじゃん!!」
悠貴「かりそめな」
楓「あっ…」
悠貴先輩がお腹を抑えて笑う。グツグツと怒りがこみ上げてくる…もうこんなやつ先輩なんて称号いらないと思う。
悠貴「お前最高だわ」
気に入られてしまった。こんな失礼野郎に気に入られても嬉しくもなんともない。むしろ絶望する。
楓「とにかく!私はやりません!では!!」
文実ちゃんに言おう。羽佐田悠貴はクソ男だと。こんなやつと文実ちゃんをくっつけさせるもんか。
悠貴「待てよ」
ドアノブに手をかけた私の手首を悠貴は掴みドアノブから引きはがした。
楓「ちょ…!?」
吠える前に悠貴は私を壁に追い込んで逃げられないようにした。
ウワサの壁ドンってやつだ。
悠貴「先輩の頼みをそうやって簡単に断れると思ってんの?」
人生初の壁ドンを失礼野郎にされるとは…
黒歴史が増えてしまったではないか!
キッと睨みつけると彼は挑発的な顔をした。
悠貴「あららぁ?先輩にそういう態度とるんだ」
楓「私はやりません。文実ちゃんじゃダメなんですか?」
悠貴「んー、なんか好みじゃない。あのねこかぶった態度あんまり好きじゃないんだよね」
顔を近づけてきた。肘ドンってやつだ。
悠貴「やるよね?か・り・そ・め♪」
容量の限界を超えた。
楓「やらないっていってるんですけど!なんなんですか!?私はアナタのことなんとも思ってないし相性も悪いって直感が言ってるんですよ!」
「失礼します!」と私は彼を睨みながら言うと図書室を出た。そして廊下をひたすら走った。戸惑いとよくわからない感情に押しつぶされそうだったから。
あの時、私の心臓はバクバクといつも以上に鳴っていた。体はとにかく熱く、走ってわけでもないのに汗をかいていた。
初めての感覚に楓はただただ戸惑うしかなかった。



廊下を走る音がなりやんだ後も悠貴はアゴに手をそえて笑っていた。
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