曖昧ライン
第3回・打ち上げの次の日、

駅にて

 優太と待ち合わせをするのはハチ公前。私が東京に不慣れで待ち合わせに使える場所が分からないと言うと、ハチ公前なら分かるよね?サークルの集合場所もそこだったからね、と優太は優しく言ってくれた。

 彼氏とは外でデートをしたことがなかった。田舎だから行くところがなかった、と言ってしまえばそれまでだけと、今思えば、私に何かをするために家で会うことを選んでいたのではないだろうか。……そんなことを考えてしまう時点で、私はもう俊のことを信じられなくなっているのだろう。

 軽快な電子音がしてスマホを見ると、『今どこ?俺は着いたよー』というメッセージが優太からきていた。素早く『私も着いたよ』と返して周りを見回す。
「あ」
 優太の姿はすぐに見つけることが出来た。白いジャケットに黒いシャツ、白いパンツ。
「ホストかよ……。」
 呟いて歩み寄る。肩を叩くと、優太はゆっくりと顔をあげて笑顔になった。
「夏海。」
「ん、仕事お疲れ様。」
 優太は浪人生時代通っていた予備校の準社員をしているらしく、結構仕事で忙しいらしい。私は親にまだバイトはしなくていい、と言われており、2年になったら何かを始めるつもりでいる。それを優太に話したら予備校の仕事を紹介させられそうになったが、私は出来れば飲食店あたりでバイトがしてみたい。
「さぁて、どこに行こうかー。池袋?新宿?」
優太が前日と同様に私の手をとる。二度目の、恋人繋ぎ。私にとってそれは特別な行為で、彼氏以外の男のことはするものではないと思っていた。でも、この様子からすると、優太は女の子と歩くときは常にこうなのだろうか……。
「ねぇ、優太。」
「ん?」
改札をくぐり抜けてから声をかけると、優太は軽く振り返った。
「あのさ、手。」
「手が何?」
「何で繋ぐの。」
「この人混みだとはぐれるでしょ?」
彼は事も無げに答える。そうかもしれない。でも、だったら、何で普通に手を繋がないの。わざわざこうやって恋人繋ぎなんかしなくてもいいんじゃないの。
「…………優太は女慣れしてるよね。」
「あはは、これでも男子校育ちです。」
「えぇ〜。見えない。」
「浪人してた2年間何してたんだって話だよな。」
「え、勉強してたんじゃないの。」
思わず顔をのぞき込むと、優太は私のことをしばらく見つめてから進行方向に視線を戻した。
「勉強ばかりでもなかったよ。仲いい女の子もいたし、それで一緒に飲みに行ったりもしたし。」
「……?付き合ってたってこと?」
「んー、付き合ってはいなかったなぁ。それにもう連絡とってないし。過去の話だよ。」
 そうか、優太は去年も付き合ってない女の子と二人で出かけてたりしたってことか。
 ……今時の若者ってそれが普通なのかしら。私、中学のときから彼氏がいて、俊一筋で、俊以外の人なんて考えたことなかったからな。彼氏以外の男の子と歩くなんてありえないと思っていたし。
「ふーん、じゃあ、その子ともこうやって手繋いて歩いたりしてたんだ。」
「んー、まあね。」
「遊び人っぽーい。付き合ってもいない子にそんなさー。」
「遊び人じゃないです〜。そんな人に見える?」
「…………。」
「ちょ、やめろ!無言やめろ!ほんとそんなんじゃないから!」
 優太が私の手を握る手にぎゅっと力を込める。
「はぁ〜、優太に騙される女の子は可哀相だなぁ。」
「騙さないし!なんなんだよ!」
「本気で好きになっちゃったら、その子可哀相〜。」
「俺のこと本気で好きになる子とか、そうそういないから……。」
「いたらどうするのよー。」
「大事にするよー。」
 軽いなぁ。と思ってしまった。それなのに、彼の笑顔を見るとどうもそわそわしてしまう。
 やはり、憧れの一個年上のおにーさん、って思っておいたほうがいいんだろうな。うっかり好きになったらろくなことなさそうだ。
 
 池袋に着くと、優太はふと目の前のビルを指さした。
「あそこのビルの上の方にね、結構高めのレストランあるんだ。」
「へぇー。」
「今はカード持ってないから無理だけど、カード持ってる時にいつか連れていってあげる。」
 それも、一緒にいる女の子皆に言うんだろうか。とんだ勘違いさせ野郎じゃないか。と思ったけれど、流石にそれを口に出す気にはなれず、楽しみにしておくね、と流しておく。
 続けて優太は言った。
「夏海、行きたいとこあるなら言いなよ。俺が連れていってあげるからね。」
 ……いや、プレイボーイというより、これは、日曜日の家族サービス旺盛なパパ、なのか……。
「パパ……。」
「え、何か言った?」
「ううん、何も。ほら、今日は飲もうって話だったでしょ、飲もう!ね!」
 優太は不思議そうにしながらも気をとり直し、こっちに飲み屋あるから、と私の手を引いて歩きだしたのだった。
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