小さな恋だった
そして場面は戻って、真夏の部室。
私が青ざめた顔でピンクのタンブラーを見つめていると、冬月先輩が部室によろよろと戻ってきた。

「…おい、鳥居。タンブラーに何入れたんだ?」
「いえ、私は、その」

冬月先輩は濡れた口元を手で拭いながら、私を睨みつけたあと、宮武先輩を見る。

「新先輩、気ぃ失ってるぞ。これは吐かせた方がいいのか、先に保健室いや…救急車か?」
「おい、答えろ鳥居。何入れやがったんだって聞いてるんだ」
「あっはい、ス、スミマセン! 実は一大との交流イベント用に開発中の"あれ"をいれてました!」
「なんで研究中のやつをビーカーじゃなくてタンブラーに入れんだよ!馬鹿か!」

冬月先輩は声を荒げる。私は怖くてしゅんと小さくなる。
一大とは一高が付属している大学、一宮大学だ。今年の秋に一大との部活動・サークル交流イベントがあるため、最近の科学研究部は準備に追われていた。
一宮大学科学研究サークルとの合同テーマは「化粧品」で、科学研究部は宮武先輩を中心にアンチエイジング化粧水の開発を進めていた。

「じ、実は研究の準備をしていたら、化粧水の入ったビーカーを手が滑って一部欠けてしまって…」

『ビーカーが欠けた』と言ったところで更に冬月先輩の眉がへの字に上がる。

「顧問の先生に謝りに行く間の、仮に入れる容器をさがしていたら見つからなくて。私物ならだれも飲まないと思って、自分用のタンブラーを洗ってその中に無事だった化粧水いれたんです」

「ふうん。つまり先輩方は開発中の化粧水を飲んでしまったというわけか」
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