欲しがりなくちびる
「それは、恐らく後ろめたいからじゃないのかな」

「後ろめたい……?」

その一言に集約された背景を想像できずに聞き返すと、彼は困ったみたいに眉根を寄せて苦笑いをする。

「芸術というのは目に見えた努力じゃないでしょう。本人はひとつの作品を完成させるまでに、胸の内では物凄い葛藤や衝動と戦っていたとしても、それを知っているのは自分しかいない。つまり、孤独な作業でもある。けれども、その努力は社会の歯車となって貢献している訳でもない。芸術はあくまで精神世界の問題で娯楽的要素だ。こういう言い方は女性の前ではしたくないけれど、何かを表現するという行為は、一種のマスターベーションのようなものです。それを人前に晒して対価を得ることに抵抗があるから、どんなに愛していても趣味程度に留めておきたいのでしょう」

「でもっ、」

納得できずに口を開けば、朔の気持ちを代弁するように相馬は大きく頷く。

「そうです。彼はそう思っていても、周囲は趣味程度とは思っていない。実際のところ、本当に趣味だと思っているのならコンクールに出す必要はないんです。それでもどこかで、認められて肯定されたいという気持ちがあるから、彼だって参加しているんですよ」

相馬は癖のように再び顎へと手をやると、まるでそこに意図があるかのように朔へと視線を走らせる。

「この絵はね、三部作なんですよ。浩輔君は10年かけて漸く自分の想いを昇華させて、三部作となる最後の作品を先日仕上げたんです。彼は恐らくその作品で再び大舞台に立つ事になるでしょう」

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