欲しがりなくちびる
しばらくの間、さすがに結子とは連絡を取れなかった。

社会に出てからできる友人というのは、趣味や共通点から繋がることが多いが、彼女とはそういうものは関係なしに、何となく居心地が良いというような理由で友人を選んでいた学生時代と同じ価値観から、知り合いになりたいと思った。浩輔のことがなければ、きっとそういう関係を築くことができたのではないかと思うと残念でならない。

そんなふうに彼女のことを思っていたある日、最寄駅の交差点でばったり彼女と遭遇した。同じ町内に住んでいるのだから何も驚くことはないのに、朔の方から声を掛けることは躊躇われた。かといって、ここできっかけを作らなければ、彼女とはこの先ずっと連絡を取り合うこともなければ話をすることもないだろうと思うと、思い切って声を掛けることにする。すると、結子は待ってましたとばかりにそのまま朔を食事に誘った。

「本当は私、あれから何度か朔さんのこと見掛けたんですけど、変に声を掛けても気を遣わせるだけかもしれないと思ったら、何もできなかったんです。臆病者って、私もそうですよね」

朔は、こうしてどこかで彼女と遭遇するかもしれないと予感していた。けれどもその時気を遣わなくてはならないのは自分の方だろうと思っていたが、それこそ思い上がりだった。単に浩輔だから朔を選んだというだけで、結子が彼女より劣るといったような事では決してないのだ。

「あー、でも本当、あて馬にされちゃいましたよね。それで二人が纏まらなかったら、私の存在って何だったの?って感じだからこれで良かったんですけど」

結子は、少し大き目に切り分けたチーズインハンバーグを大きな口を開けて放り込む。きれいな顔をどんなに顔をゆがめてもきれいなままなのだと、朔は変なことに感心する。

「謝るのも変だけど、何ていうか、ごめんね。ありがとう」

そう言って曖昧な表情を口元に乗せる朔に、結子が首を横に振る。

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