欲しがりなくちびる
「朔さん、こっちです」

相馬と雑談を交わしながらエスカレーターを降りると、会場前に用意されている受付の垂れ幕を目にして思わず歩みを止める。

浩輔の名前が銘打たれた記念パーティに、朔は相馬と一緒に出席していた。

取材らしいカメラも数台入っていて何やら只ならぬ雰囲気だが、相馬はさすが慣れたもので、朔を隣に伴いながらも出席者から声を掛けられてはにこやかに交わしている。

グラスを片手に喉を潤していると、パーティの開始を知らせるアナウンスが始まり会場が落ち着きを取り戻す。

何名かがステージ上で入れ替わり浩輔を賛辞する言葉を口にしたあと、会場の照明は落とされて、スクリーンには彼の経歴と作品が紹介されていく。それが終わると進行役が勿体つけたように浩輔の名前を呼んで、会場から大きな拍手が湧き上がるなか、今日の主役である大嶋浩輔が朔には見せないにこやかな笑みを張り付けて、スポットライトが当たるステージに立った。

あれが浩輔の営業スマイルかと、そんなことを思いながら遠く壇上に立つ彼を見つめる。

相馬がいつか予言したように、浩輔は二度目の大きな賞を受賞したという。このパーティは画廊が主催したものだった。

朔の前ではいつも無表情な浩輔が、表情豊かに観客を魅了している。ときに会場内を笑いの渦に巻き込むその魅力的な姿に、朔は何だか居た堪れなくなってくる。

颯爽と精悍な顔付きをして、自信に満ち溢れている浩輔のことを陰で煙たがる男は多くいても、女性は皆、彼に目を奪われてしまうことだろう。

凛々しい浩輔の姿に思わず嫉妬心を過ぎらせてしまうほど、彼は手の届かないところで輝いている。

けれども、朔はもう知っている。

どうして浩輔が朔の前では無愛想なのか。

ベッドの上では、こちらが恥ずかしくなるくらい愛おしい眼差しを寄せてくるのかを。

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