欲しがりなくちびる
「誰にでも、限界ってのがあるんだよ」

フッと口元だけで笑うその顔は確かに笑っているのに、心は感じられない。朔の胸は途端にざわめき出して、思わず浩輔のシャツの裾を掴んでいた。

「……朔?」

不思議そうに振り返る彼に首を横に振りながらも、掴んだ手はすぐには離せない。唇をきゅっと引き結んで浩輔を見上げる。二人は数瞬のあいだ、お互いの瞳に映り込む自分の姿を確認するように見つめ合ったのち、最初に視線を反らしたのは浩輔だった。

「ったぁ!」

外れた視線が再び朔を捉えたと思った次の瞬間、朔は驚きの声を上げると同時に自分の額を押さえる。浩輔が朔の額に向けて、いわゆるでこぴんをしたのだ。

突然のことで訳も分からず額に手のひらを当てたまま浩輔を睨めば、彼はいつもの浩輔に戻っていて、朔に対してからかう視線を寄こす。

「眉間のしわ、すげーし」

クククと喉を鳴らす浩輔に朔はようやくハッとして、彼の向こう脛に軽い蹴りを入れて反撃する。楽しそうに笑いながら朔の攻撃をかわす浩輔の笑顔には心が戻っている。その様子に、朔も釣られるように白い歯を見せて笑った。

子供みたいにはしゃぐ二人は、きっと恋人同士に見えるのかもしれない。そう見えたらいいのにと、どこかで願っている自分に朔は気付いていた。

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