ビターチョコレート。
小一時間くらい歩き、ようやく市場に着いた。
新鮮な野菜や果物が山のように陳列され、人も溢れかえっていた。
俺は少し離れたところで彼女を待つことにした。
だが、いくら待っても彼女は帰ってこない。
嫌な予感がした。
「あれー残虐の悪魔(Cruel devil)さんじゃないですかー」
焦りを感じた頃に少し子供っぽい声がした。
もちろん、声で誰であるかはすぐにわかった。
「なんだよ、クリス」
「随分不機嫌そうですねー薬切れですー?」
「てめえの喋り方が毎回うぜえからだ」
「あっはは、まあ直せって言われても嫌ですよ?僕」
相変わらずコイツも狂ったような態度で接してくる。
俺も人のことを言えたもんじゃねえけど。
「で、こんな街のほうにくるなんてめっずらしいですねー」
「俺がいつどこで何しようなんて勝手だ。」
「そんな釣れないこと言わないでくださいよ。
で、なんか昨日女の子助けたって言うじゃないですか。
どういう風の吹き回しです?あんなに人殺し好きな貴方が人助けなんて」
なんでこいつが昨日のこと知ってんだ?
そんなことが頭を過ぎった。
「なんで知ってんだ」
気づけば口にしていた。
俺が何か事を起こせばすぐに噂にもなるってことはわかっていた。
だが、そこまで鮮明に情報が流れるとは...
「僕はほら残虐の悪魔(Cruel devil)、カスカ・リヴェールさんのファンだから。
1分、1秒でも貴方の行動が気になるんですよ」
気持ち悪い。
クリスがストーカー癖のある奴なのは知っていたが、いつ聞いてもいい気はしない。
しかも男に付きまとわれるなんて最悪だ。
女ならまだしも、なんで男なんだよ。
俺にはそんな趣味はないんだが...
「気持ち悪ぃ」
「あはは、そんなこと言わないでくださいよー
僕はカスカさんにだったら何されても文句言いませんし、嬉しいです」
「そうか、何されても嬉しいか。
じゃあ俺がお前を殺してもいいってことだよな?」
ただでさえあの女、シェリアが戻ってこないことに苛立ちを覚えているのに、
なんでこいつに殺意を抱かなきゃいけねえんだよ。
めんどくせえ。
「ごめんなさい、遅くなりました!」
殺意が隠せずにいれば、俺の心配の種であったシェリアが姿を現した。
手には様々な野菜や果物が入った袋を手にしている。
「この子が貴方の助けたっていう女の子ですねー」
「え、あの誰ですか」
困惑したシェリアに近づいていくクリスを俺は止めなかった。
理由は一つ。クリスに女を殺す趣味がないからだ。
というのは、単純に男にしか興味がない。殺すのも恋愛対象も全てにおいて。
「僕はクリス・ベアード。
カスカさんと同じ職業です。」
「同じ職業ってことは....」
「ご察し頂けて何より。」
「おい、俺を無視して話を続けるな」
「なんですか、嫉妬ですかー?」
「ちげえよ。なんでそうなった」
「で、今日カスカさんに会いに来たのはちょっと相談があってですねー」
「んだよ、面倒事はごめんなんだが」
「彼女を襲った奴の属してた組織がカスカさんを探してて、さらに彼女のことも探してるみたいなんですよねー
それで、僕が依頼を受けた仕事もその組織の幹部をってことなんでちょっと協力してもらえないですかね。
もちろんただでとは言いません。
カスカさんの願い事の一つくらいだったら叶えてあげられると思うんで。」
珍しく俺に協力依頼か。
それにシェリアのこともあるせいか、珍しく二つ返事で返答していた。
「久々だから協力してやろう。
ただし、報酬の俺のお願い事ってのは何でも聞いてくれんだよな?」
「もちろんですよー」
「じゃあ、この仕事が終わったら二度と俺の前に現れんな」
「...寂しいこと言うんですね。
どうしてもっていうなら僕からはカスカさんの前に現れないです。
ま、カスカさんから呼んだり他のお仕事とかでって場合は仕方ないって思ってくださいね」
「わかってる。
それと、今後一切俺のストーカーも禁止な」
「えぇー酷いですよお。
カスカさんだけが俺の救いなんですからあ」
「知るか、アホ」
「じゃあ盗撮とか盗聴...」
「話にならん」
「えー、じゃあ僕この仕事するのやめようかな」
「自由だな」
相変わらず、コイツは人のペースを乱すのがうまいというか何というか。
多分マイペースって言葉はコイツの為にあるのかもしれない。