わたしはあなたを、忘れない
「どどどど、どうして、ここに…」
「は?班ごとだろ」
早瀬さんがバスに酔いやすいって
言ってたから、わざわざ
前の方に座ったのに。
後ろの方、たくさん空いてるのに。
「あれ、翔琉、前に座んの?」
「えーっ、後ろ行こうよ」
ほら、こんなにみんなに、
後ろに行こうって誘われてんのに。
班ごとなのは分かってるけど、
絶対守らないと思ってたのに。
「いいわ。俺朝からうるせーの、無理」
そんなこと言って断っちゃって。
みんながブーイングする中。
「こいつが隣座れって言うし。ほっとけ」
椎名くんはそう言って。
私の頭にポンポンと触れる。
後ろの方でも、私の周りでも、
女子の視線と声が聞こえる。
「早瀬、ここ座れよ」
やっと来た早瀬さんに、
椎名くんは、池上くんの
隣に座れと指示。
何も疑うことなく、
早瀬さんは腰を下ろした。
「出発するぞ」
担任がバスに乗り込むと、
運転手さんはバスを動かした。
「おい」
私は動揺するあまり。
差し出した手を、
引っ込めることすら
忘れていて。
「するめ」
「あっ、ごめんなさいっ…」
早瀬さんにあげようと、
手に持っていたするめを、
ゆっくり引っ込めた。
そんな私を見て。
「朝からするめって…お前…」
なんて言いながら、
椎名くんは小さく声をあげて笑った。
椎名くんが、私に、笑ってくれた。
「ち、違うの。寝坊しちゃって…朝ご飯食べてなくて…、それで、あの」
言いたくないのに、
口が止まってくれない。
寝坊する、なんて恥ずかしいこと、
言うつもりなかったのに。
「だから、するめ?」
「おやつに、と思って。早瀬さんにあげるつもりで…その、」
あー、終わった。
絶対こいつ変な奴って思われた。
最悪だ。
「もらっていいの?」
「……へ?」
「これ。俺にくれる予定だったんじゃねーの?」
もうもらうけど。
そう言って椎名くんは、
私の手からするめを取ると。
何食わぬ顔で自分の口に運んだ。