わたしはあなたを、忘れない
「早瀬、遅いな」
見てくる、と立ち上がった椎名くん。
きっと、もうここには戻って来ない。
「椎名くん!」
お礼を言おうと立ち上がると。
しばらく力を入れていなかった
からか、バランスを崩し。
地面に転倒した。
本当、やらかすよね、私。
「っ痛たた…」
立ち上がろうと、
地面に手をついた時。
「何やってんだよ、お前は」
ったく…、と呆れ顔な椎名くんは。
子どもを抱きかかえるように、
私の両脇に手を入れると。
そのまま持ち上げ、
元いたベンチに腰を下ろさせた。
「ご、ごめんなさ…」
「ありがとう、なら、結構聞いた気がするけど?」
「椎名くん…」
私の前にしゃがむ彼は、
意地悪な顔で、ドジと言った。
「結子ちゃん!」
そこへ、遠くの方から
小晴の声が聞こえてくる。
同時に椎名くんは立ち上がると、
後は任せたとその場を
去って行った。
「結子ちゃん、大丈夫?足、痛くない?」
「小晴……」
椎名くんが遠くに行って、
内心ホッとした。
嫌だったとか、
そういう意味じゃなくて。
緊張が解けたというか。
信じられないというか。
「そろそろ時間だから、バス戻ろっか」
「うん」
不思議と、さっきまで痛かった足首は、
全く痛いと感じなかった。
バスは池上くんの隣に椎名くんが座っていて。
目を閉じて静かに寝息を立てていた。
「お風呂気持ちよかったね」
「ご飯も美味しかったしね」
宿泊する宿は、
結構有名な老舗旅館。
ご飯も美味しいものばかり、
お風呂は広くて綺麗。
お部屋は畳のにおいがする、
大きな和室。
クラスの女子全員が入れる大部屋で、
みんなで順番に布団を並べる。
「寝るのもったいないなぁ」
「だよね。興奮して、眠たくない気がする」
なんて話していると。
クラスの女子がなぜか近寄ってくる。
「あの、早瀬さん」
1人がそう声をかけると。
「あたし、早瀬さんと話してみたくて」
「私、1年の時、同じクラスだったんだ!」
みんなが小晴に声をかける。
小晴は困ったように、
少し慌てて私の顔を見た。
「結子ちゃん…」
「小晴、私飲み物買って来るね」
せっかくのチャンス。
少し無理矢理だけど、
これを機に小晴も、
みんなと溶け込めるかも。
そんなことを思いながら、
私は財布を持って部屋を出た。
飲み物がすごく欲しいわけでもなく、
でも今戻るのもおかしいし。
そう思いながら、見回りの先生を
警戒するも、誰もおらず。