わたしはあなたを、忘れない





堂々と正面玄関から


外に出ると、案内の人が言っていた


旅館の中庭を見に行くことに。


玄関の脇を抜けると、


石畳が敷いてあり、


ずっと奥に行くと開けた所に、


大きな池と綺麗なお花。


そして。


空に輝く月を、


静かに眺めている、


椎名くんがいた。


いると思わなかったから、


中に入っていけなくて。


それに、旅館に備え付けられていた


浴衣に袖を通しているからか、


大人っぽく見える。


月明かりがそうしているのか、


少し濡れた髪がそう見せているのか。


それに。





「鈴原?」





私も浴衣を着ているから。


だから少し、恥ずかしくて。





「あ、ごめんなさい…」





見ているだけでもよかったのに。


今日はたくさん椎名くんといれたから、


これ以上いたら、


もう話せないんじゃないかって。


そんなことを考えてしまって。






「こっち来いよ」





もうなんて言うか、


言動1つがかっこよくて。


私には贅沢なものというか、


みんなに見せたいくらい。





「何してたの?」




「別に。空気吸いたくなったから」





お前は?と聞かれ、


小晴に言ったことと同じ、


飲み物を買いに来たと答える。


すると。





「買いに行くか」





どうせ、場所分かんねーんだろ。


そう言って椎名くんは、


私の横を通り過ぎる。





「来ねーの?」




「い、行くっ」





後を追う私。


椎名くんはあくびをしながら、


頭を掻いた。


こっそり後ろで、


まねをしたりなんかして。






「何飲む?」




「ん~、どうしよ」





玄関から少しした、


奥まった所にあった自販機。


ずらりと飲み物が並ぶ中。





「椎名くんは何飲むの?」




「俺はいい」




「でも、私、お礼がしたいっ」





飲み物を買うことで、


今日のお礼だなんて


安すぎるかもしれないけど。


だけどどうしても今、


何かしたくて。






「じゃあコーヒー」




「どれ?」




「これ」





指差したコーヒーを買うと、


出てきてすぐ椎名くんに渡した。





「はい、コーヒー」





冷えた缶を手渡した時。


近くで聞き覚えのある声が。






「やべ、先生たち帰って来たな」





「え、嘘。ど、どうしよ…」





冷静な椎名くんとは対照的に、


私はただただ慌てることしか出来ず。


どうしようか考えていると。


後ろの方で、飲み物買いますか?という


声が聞こえてきた。






< 18 / 23 >

この作品をシェア

pagetop