わたしはあなたを、忘れない
なぜ好きか、には、
たくさんの理由がある。
例えば、バスに乗っていて。
自分が座っていて、妊婦さんが
立っていたら、
率先して代わってあげられる人。
冬の間だけバスなあたし。
代わってあげたことを鼻にかける
わけでもなく、ありがとうと言う
妊婦さんに、笑顔を見せる所を、
偶然見かけた。
例えば、雨の日。
帰り道に、段ボールに入れられて
捨てられている子犬を見つけて、
自分の傘をさしてずぶ濡れで
帰ったりとか。
例えば、道で。
高齢者にぶつかって謝らなかった
不良に、わざと自分からぶつかって、
5対1なのに喧嘩して。
謝れって怒鳴ったりだとか。
そんなたくさんの優しい一面を
持っている彼を、
どれくらいの人間が
知っているのだろう。
きっとほとんどの人は知らなくて、
でも私は知ってしまっている。
そんなみんなの知っている彼も、
知らない彼も含めて、
私は椎名くんのことが
好きで仕方がない。
だけどこの想いは、絶対に
伝えることのないもので。
だから誰にも言わないし、
これからも言ったりしない。
1人でひっそり、想うだけ。
それだけでいいから。
「ねねね、結子!」
「何っ、どうしたの…」
「放課後さ、みんなでカラオケ行こうってなったんだけど、行かない?」
咲が満面な笑みで、
あたしを見つめる。
急に押しかけられて断れず、
首を縦に振ってしまった。
「じゃあ、放課後!一緒に行こうね!」
「う、うん…」
カラオケか。
いつぶりに行くかな。
少し楽しみかも。
だけど。
みんなって、誰?
そんなことを考えながら、
放課後までの時間を過ごした。
「嘘…」
群れの1番後ろ。
みんなの会話を流す程度に聞きながら、
頭の中は真っ白。
誰と行くか聞くべきだった。
「翔琉、歌おうよっ」
「俺パス。お前らで歌えよ」
椎名くんがいるなんて、
一言も聞いてない。
それにクラスの違う女子や、
知らない男子がたくさんいる。
すごく居心地が悪い。
「1組の鈴原さんだよね?」
「え、はい…」
この人誰?と思いつつも、
会話が続いて行く。
見たことある気がする。
きっとクラスの出入りはしてるんだろうな。
こういう時、自分の他人に対する
関心度が出るな。
この人に、
少なからず私は無関心。
「俺、鈴原さんいいと思ってたんだよね~」
「い、いいと…?え?」
「可愛いと思ってたの!あんまり話さないからさっ」
カラオケってこういう時不便。
人の会話が歌で聞こえないのと。
部屋が薄暗くて雰囲気が変なのと。
大人数だと密着して、近い。