わたしはあなたを、忘れない





「あ、ははは…そうだったんだ、ありがとう」




「今日この後時間ある?よかったらどっか行かない?」




どうして人は、


こんなにも簡単に知らない人を


誘えるんだろう。


男の人が特別なのか、


私がおかしいのか。





「あ、今日はちょっと…」




「えー残念。じゃあ明日は?よかったら連絡先交換しない?」




「あ…えっと、お手洗いの…後で…」





我慢出来なくて私は席を立った。


誘われるとか慣れてないし、


第一あの人が誰か知らないし。


名前なんだっけ。





「帰りたいなぁ…」





来なければよかったと


少し思う。


私なんていてもいなくても、


変わんないのに。





「あ、」





なんて思いながらトイレを出ると。





「遅いから心配になって来ちゃった」




「あ、ごめんね…」





さっきの人が外で待っていた。


私は何て言ったらいいか分かんなくて、


下を向いた。





「鈴原さん、まじで時間ない?」




「え…」





ふいに顔を上げた時。


その人はあたしに少しずつ迫ってきて。


キスしそうになった。





「ちょ…っと、それは…」




「まじで好きかもしんない」





何、えっと、告白?


ていうか、本気?


絶対嘘でしょ。


どうしたらいいの?





「あ、私…」




「いいじゃん、これから仲良くなればさ」




「いやあの…」





誰か、助けて。


そう思った時。


パコン、と音がして。


目の前の人は頭を押さえて、


もがき始めた。


何が起きたのかと周りを見ると。






「盛ってんじゃねーよ、ばか」





自分のローファーを持った椎名くんが、


目の前に立っていた。





「痛ってぇ!翔琉、靴はねーだろー」





「それくらいがばかには丁度いいだろ」





そう言ってローファーを履き直すと。


先に戻れと言う椎名くん。


私に迫って来たその人は、


へいへいと軽々部屋に戻って行った。






「あいつと仲良いの?」




「いや…全然」




「好きなの?」





そう聞かれて首を振る。


そんな私を見て。


あっそ、と小さく言うと。





「楽しいの?来てて」




「えっ…?」




「歌ってもねーし、誰とも絡まねーし」





やばい、バレてる。


そう思いながらも、


何事もないように澄ました


顔を見せる。





「つまんねーんなら帰れば?いても邪魔だろ」





帰れば。


邪魔。


2つの言葉が、体内に木霊する。





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