わたしはあなたを、忘れない
「結構家近いな」
「あ、うん。…そうなの」
行ってやる、と言われた時は、
嬉しくて仕方なかったのに。
いざ隣を歩くとなると、
ドキドキして話せない。
隣を見ることも出来なくて。
それにしても、
何で一緒に来ようと思ったんだろう。
「着いた」
早瀬さんの家の前に着くと、
私はすぐにインターホンを
鳴らした。
「はい」
お母さんらしき人の声がして。
「クラスメイトの鈴原です」
「何度もすいませんが、お帰りください」
間髪入れず、断られる。
プツン、と切れる音がして。
「いつもこんな感じ?」
ぽつりと尋ねてくる椎名くんに、
私は遠慮気味に頷いた。
「意味分かんねぇ」
そう言いながら息を吸い込むと。
「早瀬!」
椎名くんは、人目も気にせず、
大きな声を出した。
私は突然のことに声も出せず、
口を開けたまま椎名くんを見つめる。
「出て来いよ、早瀬!」
それから少し経って、
玄関が開くと、お母さんらしき人が
外に出て来た。
「ちょっと!近所迷惑ですっ…」
「早瀬、いるんだろ!顔出せよ」
お母さんが止めに入るのも構わず、
椎名くんは早瀬さんを呼び続ける。
その姿を見つめて気付いた。
私が来たのは、早瀬さんに会うため。
彼女に何も伝えず帰ってたら、
来た意味がない。
「は…早瀬さんっ!お願い、出てきて!」
せっかく椎名くんが作ってくれたチャンス。
私も便乗させてもらうしかない。
「早瀬さんっ!」
何度か呼び続けていると。
お母さんの向こう側に、
人影が見えた。
「早瀬さん…」
初めて見る彼女は、
想像とはまるで違う、
女の子らしい人で。
「お母さん」
微かに出した声は、
まるで壊れ物のような。
まるで今にも消えてしまいそうな、
不安が混じったもので。
「私、話すから…」
そう言って、
お母さんを家の中に入れると、
1人玄関の外に残った。
「何度も来てもらったのに…ごめんなさい」
「ううん、全然。何度も来てごめんね」
こういう状況を予想してなかったから、
何を話していいかいまいち分からない。
すると。
「お前、あんまり学校来てねーだろ」
椎名くんが一言、
早瀬さんに向かってそう言った。