眠れぬ夜をあなたと
act.2 レンアイ未遂
act.2 レンアイ未遂
***
「わざわざお呼び立てしたあげく、お待たせして申しわけないです」
ワイシャツの袖をまくったまま現れた目の前の男、成本康平(なりもと ようへい)は、軽く息を乱しながら長身の体を折りたたんで頭を下げる。すると、首もとにある社員証がぶらんと垂れ下がった。いかにも仕事を抜け出して来ましたの風情だ。
……確かに、一時間も待たされたけれど。あいかわらず堅苦しい人だ、と心の中で呟いたものの、むしろ使って貰う立場の私は、口先だけの社交辞令で言葉を返す。
「いえいえ、仕事ですから。成本さんも、お忙しそうですね」
きちんと笑えているのか不安に思うほど、成本さんはあからさまに私から目を逸らし、胸ポケットに手を押し当てた。
彼は既に煙草を取り出す体制に入っている。
煙草をくわえ、四人掛けの席の向かい側に腰を下ろした成本さんは、時間を無駄にするつもりはないようだ。すぐさまウェイトレスを呼んで、当り障りのないブレンドコーヒーを注文した。
「すみません。それで、お願いした原稿をいただけますか」
「これですけど。データは一応メールに添付しておきました」
いつもみたいに。
そう。
いつもならば、こんな旧式なやりとりは存在しない。
メールで送れば済むことだからだ。
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「わざわざお呼び立てしたあげく、お待たせして申しわけないです」
ワイシャツの袖をまくったまま現れた目の前の男、成本康平(なりもと ようへい)は、軽く息を乱しながら長身の体を折りたたんで頭を下げる。すると、首もとにある社員証がぶらんと垂れ下がった。いかにも仕事を抜け出して来ましたの風情だ。
……確かに、一時間も待たされたけれど。あいかわらず堅苦しい人だ、と心の中で呟いたものの、むしろ使って貰う立場の私は、口先だけの社交辞令で言葉を返す。
「いえいえ、仕事ですから。成本さんも、お忙しそうですね」
きちんと笑えているのか不安に思うほど、成本さんはあからさまに私から目を逸らし、胸ポケットに手を押し当てた。
彼は既に煙草を取り出す体制に入っている。
煙草をくわえ、四人掛けの席の向かい側に腰を下ろした成本さんは、時間を無駄にするつもりはないようだ。すぐさまウェイトレスを呼んで、当り障りのないブレンドコーヒーを注文した。
「すみません。それで、お願いした原稿をいただけますか」
「これですけど。データは一応メールに添付しておきました」
いつもみたいに。
そう。
いつもならば、こんな旧式なやりとりは存在しない。
メールで送れば済むことだからだ。