眠れぬ夜をあなたと
そうそう楽しいことばかりじゃないと分かっている大人には、そのドラマじたいがこのコーヒーみたいな、苦い水だ。


案外セレナーデ(店)での困った出来事だって、彼のなかで実は『楽しいこと』に変換されてたりして。

そうなると叔父と私は、よけいなお世話をしたことになるのだが。


ケイは、あの子はひと好きのする子だから。

それが魅力であるけれど、夜のまぶしい蛍光灯みたいに、やたらと虫たちを惹きつける。

だから叔父は、コンビニエンスストア前にあるような電撃殺虫器の役割を私に課したのだと思う。



「…だ…さん……美…湖さん?」

ずっと名前を呼ばれていたことに気がついて、慌てて視線を真正面に向けると、神経質そうにシルバーグレイの眼鏡の縁を押し上げる成本さんと目が合った。

「すみません。もう読み終わりました?」

「はい。……蓮田さん、原稿はこのままで結構です」

さっき名前を呼んだのは聞き間違いではないかと思うほどの感情の籠らない言葉に、思わず苦い笑いが込み上げる。

たとえ私が、どんなクズ記事を書いたとしても、この人の表情は変わりそうにもない。

……なんだって私のところへ、このひとの仕事が来たんだろ。
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