眠れぬ夜をあなたと
成本さんが経済誌からメンズ誌へ異動になったのは、たしか彼が入社3年目の春だった。

彼にとっては寝耳に水のような、まるで畑違いの異動だったに違いない。

仕事をこなそうとすればするほど空回りをして浮きまくっていた彼は、今までと違う職場の雰囲気に相当プレッシャーを感じていたようだ。

それをみかねたメンズ誌の編集長である志垣(しがき)さんは『美湖ちゃん、成本が馴染めるようにフォローしてやってよ。そういうの得意だよねぇ』とバイトの私に、こっそり耳打ちをした。

ちなみに志垣さんは私の叔父・雅樹の御学友で、まさに叔父と同じ匂いのする人だ。

このバイトじたい、雑誌の仕事に興味を持った私に叔父が紹介してくれたものだったから、足もとを見られても仕方がない。その上、バイトではありえないような『人間国宝級な陶芸家の取材に同行オーケー』なんて、ちょっとした御馳走まで目の前にぶら下げられて、馬鹿正直に頷いた。

今思えば、昔からそんなシガラミに弱い女なんだよね、私って。


成本さんの雑務を引き受けることで、彼と一緒に作業をしたり会話を交わす時間が増えた。

はじめは取っ付き難くて頑なだった成本さんも徐々に肩の力を抜くことを覚え、周りの人間と穏やかに談笑するようになった。



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