眠れぬ夜をあなたと
成本さんは煙草の火を消しながら、こちらにまなざしを向けた。

「……志垣編集長と先日ご一緒する機会があったんです。その時、丁度この企画の話をしたものですから」

今回は志垣さんのご推薦ってことか。

……面倒くさい、おっさんだ。
どうせ『美湖ちゃんに頼めば?』なんて例のごとく、簡単に言ったに違いない。

「志垣さんが何をおっしゃったのか知りませんけど、特段その方面に詳しいわけじゃないですよ。必要なら、どこでも行きますけどね」

「編集長がなじみの店に行くと、きまって蓮田さんに遭遇するとか、そんな他愛のない話をしただけです」

志垣さんったら、また語弊のある言い方をして。たまに叔父の店で顔をあわせる程度のくせに。

「……じゃ、了承していただける形で話しは進めますが…よろしいですね? 蓮田さんは今週中に5店舗から7店舗くらい、ピックアップして私のほうへ連絡をください。23区内でしたら、判断は蓮田さんにお任せしますから。後はこちらで選定して取材のアポとりと、同行カメラマンの日程を押さえておきます」

成本さんは、口を挟む間もないくらいの早口で今後の日程を告げ、手元の原稿をガサガサと茶封筒に仕舞い込む。そして話しの間に届いたコーヒーを、煽るように飲んだ。

忙しそうにしている彼のことだから、早く席を立ちたいだろうと、私も残りのコーヒーを飲み干した後、仕事をいただく身の上のきわめてあたり前の行為として、頭を下げる。

「了解しました。どうぞ、よろしくお願いします」

顔を上げると成本さんの視線が私に注がれていて、目が合うなり彼の口もとから、深いため息が漏れた。

「……こちらこそ」

そのため息の意味を聞きたい気がしたけれど、彼の感情は私には関係ないことだと思い直す。私はもう一度、大人の笑顔を張りつけた。
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