眠れぬ夜をあなたと
act.4 タトゥー
act.4 タトゥー

***
控えめなノックが静かな事務室に響く。それを合図にして、私は暇つぶしに開いてた帳簿ソフトの画面を閉じて、パソコンの電源を切った。

待ち人は、時間に正確だ。

ガチャリと素っ気ない音のするドアノブを回すと、目を見開くケイと視線が合った。

「美湖さん……だよね?」

いつもの私とは違う格好に戸惑う彼が面白くて、つい口角が上がる。

「いかにも」

私は涼しい顔をして、ケイの驚きの表情を見た。彼の茶色い瞳が大きく見開かれ、柔らかな髪がサラリと揺れる。この顔が見たくて呼んだのだから、作戦成功と言ってもいいだろう。

『ma cherie(マ・シェリー)』の店番は、制服代わりに仮装するのが決まりになっている。お姫様にゴスロリ、ナース姿もありだ。

アルバイトの三人はそれぞれ張り切って衣装を選んでくる。そのうちふたりは服飾と美容系の専門学校に通っていて、ファッションにこだわりを持っているタイプだ。唯一フリーターの子も劇団で役者をしている。彼女も衣装に凝るのが好きな類(たぐい)の子だった。

その決まりごとは、雇われ店長の私も例外ではなくて。

売っているものが売っているものだけに『親しみやすさと奇抜さ』なんて、一見対極な組み合わせで会話がはずみやすい環境を狙っているのだ、と我が叔父であるオーナーは言いきった。ごくたまにドン引きのお客もいるとしてもご愛敬、と笑いながら。


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