眠れぬ夜をあなたと
タトゥーのペガサスみたいに飛べたのならばよかったけれど、イカロスの歌みたいに墜落しちゃったのは、他の誰でもない私のせいだから。

「あっさり言うんだ」

ケイは苦笑まじりに、ようやく私のほうを見る。口先だけの強がりだろうがケイが信じてくれたのならいい。

「全部捨てちゃったもん。これはそのときの記念みたいなものよ」

そっと自分の内腿を指差した。

恋のためにすべてを投げ出す役を私に演出して、あの世界から救い出してくれた男と、その偽物の恋に本気になった私の愚かな記念だ。

ケイの茶色い瞳は、探るようにこちらを覗き込む。さきほどまで能天気に笑ったり拗ねた男の子とは全く別人のような憂いた表情で、小さく口を開いては閉じる動作を何度か繰り返していた。

私は、なにかを言い出せないままのケイの腕を肘で突いて促した。

「なに? 言ってよ、気持ちが悪いから」

「……志垣さんが」

ケイは私の黒い指先を持ち上げて、またもや爪先を指の腹でたどる。彼の落ち着かない気持ちが伝染してきて、せわしなく撫でる手をとめることができない。

「うん、志垣さんが?」

「……映画監督の桧山翔馬(ひやましょうま)と友達だって。……俺にその事務所のバイト、って言っても雑用だろうけど、くち聞いてもいいって言ってて。あのひとの話がコロコロ変わるのって酔っ払ってるせいかと思ってたけど……ちゃんと繋がってたんだよね……そのペガサスと」

彼のひどく遠慮がちな物言いに、スッと背筋が冷えた。
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