眠れぬ夜をあなたと
保科さんはひとりだけドリンクへ手をつけずに、最初に配られたレモン水を飲んでいる。カメラを握る手では、シャンパンなんかを楽しんでる場合じゃないと言ったところか。

まっ、私は飲むし食べるけどね。

八人掛けの円卓には、酒のつまみになりそうなカナッペやキッシュなどがところ狭しと並んでいるのに、どことなくぎこちない雰囲気の中では皆、手をつけにくいらしい。

こういう雰囲気は初々しい感じがして嫌いではないけれど、女性同士のかしましさがないと話は進まない。ある程度の赤裸々さを必要とするのなら。

私はすぅっと息を吸い込んで、隣の女性を見た。

「すみませ~ん。えっと、ハナエさん? でしたよね。そこのお肉とってもらってもい~い?」

明るいキャラクターを意識して作り、右隣のおとなしそうなハナエさん(仮名)に話しかける。少し驚いた様子をみせた彼女の瞳が瞬時に弧を描いた。

「あっ、いいですよ。これですか?」

一応それぞれの職業や年齢をざっと覚えて臨んだ座談会だけれど、顔を合わせることによって紙ベースだった人たちが、ようやく脳内で人型に入れ替わる。ハナエさんは某文具メーカーに勤める二十五歳。

「うん、ありがとう。ハナエさんも、向こうのフリッターとってあげようか」

「えっ、あっ、すみません」

左側に座るミチルさんにも声を掛ける。
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