拝啓

『彩はそんな軽々しい愛し方をする人じゃないの。
彩は仲間をとても大切にしていたのよ。その中でも【冬也】君はもっと特別だったの。彩は冬也君に何も求めてなかった。
その頃智恵美さんと付き合っていたけれど、彩は智恵美さんもとても大切に思っていたのよ。その意味分かる?』

私は首を横に振った。
好きなら側に居たいと思うのは当たり前だし、付き合いたいと思うのが自然だと思っていた私には、母のその思いは偽善だと思っていた。


女性は首を横に振った私を少し淋しそうに見つめて口を開いた。


『そうね。それが普通の恋愛観だと私も思う。
でも、彩は違っていた。
誰よりも冬也君の幸せや私達仲間の幸せを願っていたの。
そんなに深く見返りも求めずに人の幸せを願う人だったの。とても、愛に溢れた人だった。
だから、貴女から彩が亡くなったと聞いたとき、私はもう何年も会っていなかった彩だけれど、取り乱してしまった。
ごめんなさい。
でも、知っていて欲しい。彩は本当に……。』
女性は泣いて言葉に詰まった。隣で黙っていた男性が、優しく背中をさすって慰めていた。
本当に仲の良い夫婦に見えた。
その中で母は過ごしていた。


私はスッと立ち上がり、お辞儀をして、『お話聞けて良かったです。これで失礼します。』

すると、男性が立ち上がり私に言った。


『駅まで送ります。』


私は断ろうとしたが、男性が何か言いたそうなのを感じたので、その行為に甘えた。

『ありがとうございます。』


私は玄関で女性に挨拶をし、男性と共に外に出た。
玄関の扉が閉まると、静かに私に言った。

『妻も知らない彩の事を話すよ。俺は彩にとても酷いことをしてしまった…。聞いたらきっと君は軽蔑するだろう。
でも、彩…。君のお母さんを悪く思わないで欲しい。』


男性と私は暗くなった道を並んで駅に向かっていた。
私は頷くだけだった。


男性はポツリポツリ話始めた。

『俺の18歳の誕生日。彩がプレゼントを持って家に来た。
その日はたまたま俺しか居なくて、彩は嬉しそうに俺にプレゼントをくれたんだ。
俺は彩にお返しがあるから目をつぶってと言うと、彩は素直に目をつぶった。
俺は彩にキスをした。』

私は驚いて男性を見た。
私の驚いた顔を見て男性はすまなそうな顔をして、話を続けた。

『彩は驚いて俺から離れて、俺を見た。
その目は、驚きから悲しそうな目になって俺に問いかけた。
何でそんなことをしたのか…。
俺は誕生日のプレゼントを貰ったんだよと答えると、彩は一言だけ言った。』


そこまで言うと、小さな溜め息をついて前をジッと見つめて母の言葉を呟いた。

『私のファーストキスだったのよ…。』

『俺はその頃ちょっと、彼女とうまくいってなくてね……。言い訳だけれど、まさか俺が初めてのキスの相手だとは思いもしなかった。
それから、彩は一人では家に来ることは無くなった。
俺は彩の信頼を失ってしまった…。
ここからは、俺の想像だけれど、彩はそれでも俺を許してくれた…。
何も無かったかの様に振る舞ってくれたけれど、傷付けてしまったのは確かだった…。』


私は男性を見ないで答えた。

『その話、ほんの少しだけ母から聞きました。
私のファーストキスは誕生日のプレゼントにされたんだと、母は笑って言ってました。
母は怒ってはいなかったと思いますが、悲しかったのは事実だと思います。』

男性は私を見て、言った。
『そうだったんだ。彩は許してくれていたんだ。
彩は俺を許してくれたけれど、掛替えのない信頼を無くしてしまった…。君を見ていると、彩と話しているみたいだ。』



私は黙ったまま歩いた…。







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