拝啓
憎悪と決別
帰宅すると、宗ちゃんが居なかった。
私は心配になり近所を探し回り、公園のベンチに座っている宗ちゃんを見つけた。
『宗ちゃん!何してんの?探したよ!』
宗ちゃんはゆっくり首だけ動かし私を見て、言った。
『ここで、嫁さんにプロポーズしたんだ…。』
私は急に悲しくなって涙が溢れて止まらなくなり地面にポタポタと涙を落とした。
宗ちゃんは静かに言った。
『少しずつ、戻るから。今はソッとしておいて欲しい…。
大丈夫…。俺は嫁さんが呼ぶまで向こうには行かないから。心配するな。』
そんな事じゃ無い。
私が泣いたのはそんな事じゃ無い。
こんなに母を想ってくれている宗ちゃんより、母は何故【冬也】さんに恋をしていたのだろう?
何だかとても悔しくて、母が分からなくて頭がゴチャゴチャして涙が溢れたのだ。
宗ちゃんは立ち上がり、私の肩に手を置き静かに言った。
『帰ろう…。』
泣きじゃくる私の背中に手を置き私と宗ちゃんは母の遺骨がある家に帰った。
私は自分の部屋に行き、母が大切にしていた箱を再び開けて、中を見た。
写真のネガが沢山出てきた。
翌日、現像するため写真屋に行って、現像を頼んだ。
写真は直ぐに出来上がったがネガが古く現像出来なかったものや、変色していた写真もあった。
私は静かな喫茶店に入り、沢山の写真を見た。
そこには昨日会った男性や女性や若い男女が何人も居た、智恵美さんらしき女性の横に【冬也】さんが写っていた。
何故顔も見たことが無いのにその人が【冬也】さんだと確信したのか……。
母が何度も話していた人物像だったからだ。
線が細くて背が高く、手が綺麗で掴み所の無い人なのに、目が離せない……。
その人の写真は何枚も出てきた。
母はどんな思いでシャッターを切ったのだろう?
智恵美さんと一緒の写真も何枚も出てきた。
二人を見ても母は嫉妬しなかったのだろうか?
写真をテーブルに置きガラス越しに外を眺め母の事を考えた。
・母は冬也さんがとても好きだった。
・冬也さんも母に好意はあった筈。
・でも、冬也さんには智恵美さんが居た。
・智恵美さんは二人の気持ちを知って二人の仲を引き裂いた。
・でも、母はそんな智恵美さんを恨んでいなかった…。
・母はそれでも、ずっと冬也さんを想い続けた。
・母は違う人と結婚して私が産まれた。
・産まれた私を冬也さんに見せた。
私は1度母に訪ねたことがある。
『私を産んで後悔していないの?』と。
母は一片の迷いもなく私を真っ直ぐ見て、ハッキリと答えてくれた。
『貴女は私の子供で私は貴女を産んだことを1度も後悔はしていない。
寧ろ、私が貴女の母親であることを貴女は嫌では無いのか?と思っていた。』と。
母は何故そんなに1人の人を変わらない想いでいれたのだろう?
全く見返りも何もない恋人でも無かった人だったのに。
写真に視線を戻すとソコには私の見たことの無い笑顔を写した母の写真が1枚だけ、しかも写真の端に写って居た…。
若くて楽しくてしょうがない笑顔だった。
母は写真の真ん中に写る仲間を見つめて笑っていた。
母は何故そんなに仲間を大切にしていたんだろう?
断片的にしか話を聞けていない私にはサッパリ話が繋がらない…。
冬也さんに直接話を聞ければ良いのだろう…。しかし、私はそれが出来なかった。
怖いのだ。
宗ちゃんや私より冬也さんを求めた母。
その事実を目の前に曝け出される覚悟が今の私には無い。
写真をかき集めて、喫茶店を出て家路に着いた。
そこに予想外の出来事が待っているとは思いもしなかった。