拝啓
夕飯の支度をしていると、宗ちゃんが帰ってきた。
『ただいま…。』
『おかえりなさい。』
私は台所から返事をした。
宗ちゃんは真っ先に母の所に行く。
私は宗ちゃんの所に行った。すると宗ちゃんは綺麗な花束のバスケットを遺影の前に置いていた。
『買ってきたの?』
私が言うと、宗ちゃんは嬉しそうに振り返って言った。
『うん。綺麗だったから。嫁さんに仏花は似合わない。
それに、嫁さんは綺麗な物が好きだら。』
私はその花籠を見ていた。
宗ちゃんは昔から母に数え切れない程プレゼントをしていた。
それこそ頭から足の先まで全て宗ちゃんのプレゼントした物だった。
『宗ちゃん…。ママの遺骨の事なんだけれど…。お墓に入れないと…。』
そう言いかけた言葉を宗ちゃんは遮った。
『嫁さんはここにずっといるんだ!
あんなところに入れない。暗くて湿った所なんて嫁さんが可哀想だ!』
私は黙ってしまった。
『怒鳴ってゴメン。でもな、華澄…。嫁さんはここにずっと居て貰う。嫁さんは風や自然を感じるのがとても好きだったんだ。だから暗くて石の囲いの中に入れるなんて俺には出来ない。
入るときは俺と一緒にして欲しいんだ。』
私は小さく頷いて台所に戻った。
すると背後から不意に宗ちゃんが聞いてきた。
『今日誰が来たの?』
私はビクリとしたが、返事をした。
『うん。ママの昔の友達が来てくれて、お線香あげてくれたの。きっとママ喜んでるよ。』
宗ちゃんがボソリと言った。
『俺は嫁さんの友達知らないからな…。どんな人だった?』
私は明るく答えた。
『とてもいい人達だったよ。』
宗ちゃんはちょっと不貞腐れて言った。
『どうせ男の友達だろう?』
『違うよ。夫婦だよ。宗ちゃん何でそう思うのよ?ママは軽い人じゃなかったの知ってんでしょ?』
宗ちゃんは母の遺影のある部屋を振り返りながら言った。
『嫁さんはモテたからな。俺と嫁さんが行ってた職業訓練学校でも、モテてたんだよ。』
私は初耳で驚いて宗ちゃんに言った。
『嘘~!初めて聞いたよ。』
宗ちゃんはリビングのテーブルにつき懐かしそうに話をはじめた。
『ホントだよ。嫁さんは受けた学科が違ってたけれど、喫煙場所が同じで、そこに居た全員が嫁さんを好きだったんだよ。』
私は更に驚いて持っていた菜箸を落としてしまった。
宗ちゃんは話を続けた。
『でも、俺が嫁さんと初めて話をしたのは学校ではなく、学校の外だったんだ。
俺はバイクで通ってたから。バイクを停めていた場所で声をかけられたんだ。』
『何て?』
私は聞きたかった。
宗ちゃんはニッコリ笑って言った。
『そのバイク、ベスパ?って。女の子なのにバイクに興味がある人を初めて見てね。
俺は、いいえ。ジョルノです。って答えるのが精一杯だった。
それから喫煙所でも会話をするようになったんだ。嫁さんは何時も座って煙草を吸ってた。明るくて、何でも知ってて、面白くて気さくな女の子だったから皆嫁さんの回りに集まってきたよ。』
そう言って宗ちゃんが立ち上がりタンスの引き出しを引いて銀のブレスレットを出してきた。
初めて見た。
『それ、何?ママの?』
宗ちゃんはそのブレスレットをテーブルに置いて照れながら答えた。
『うん。特に嫁さんが好きな奴等と金を出しあって、嫁さんにクリスマスのプレゼントとして贈ったんだよ。』
母が職業訓練学校に行ってた頃には私が産まれていた筈だ。
子持ちのバツイチだと知ってたのだろうか?
宗ちゃんにそれを聞くと、宗ちゃんはさらりと答えた。
『そんな事皆はじめから知ってたよ。嫁さん隠す人じゃなかったしね。』
私はポカーンと口を開いていたのを慌てて閉じて確認した。
『確か、宗ちゃんとママが付き合い始めたとき、宗ちゃん19歳だったよね?
よく付き合ったね。』
宗ちゃんは今更何を言ってるんだ?と顔に表しながら言った。
『そうだよ。でも、年なんて関係無いし、バツイチでもそんなの大した問題じゃなかったよ。』
私は落ちていた菜箸を拾いながら頭の中で思った。
確かに母の高校の頃の写真は可愛かった。
それは認める。
でも、自分の母親がそんなにモテたとは思いもしなかった。
母は自分からそう言うことを言う人ではなかった。
私は又1つ私の知らない母の1面を知った。